第335話
「……うまいな」
「うまいですね」
少し気まずい空間の中、ぽりぽりと小気味良い音が響く。
お義母さんが証拠隠滅を図ったことから分かるように、もう和菓子の類はすべて食い切っていた。
ただ幸いなのは口直し用にと付けてくれた漬物だったりは手付かずで残っていた……一品についてくる量はたかが知れているが購入した数が数だっただけにそれなりの量となり、お義父さんとお義兄さんの茶請けとなっていたのであった。
「……団子もうまかったんだろうな」
「そうでしょうね」
お土産を食い切られたのはこれで二度目である。
さすがにお義父さんが恨めし気に犯人達へ視線を向けると……三人ともサッと気まずそうに顔をそむける。
悪いことをしたとは思っているらしい。
たぶん次は食切るようなことはない……と思う。
やっぱ不安だから次は二人の分は別で買っておくとしよう。
「……これだけでも購入できるので?」
お菓子は絶品だったが、漬物もそれに負けないぐらい美味しいものだ。
結構な量があった漬物はもう残り少なく、それに気づいたお義兄さんが寂しげな顔で俺へ声をかけてくる。
「どうでしょう。おまけみたいなものだと思うので……ああでも漬物売っているところもあったので、そこで買えると思います」
「そうですか」
俺の答えを聞いたお義兄さんはにこりと笑みを浮かべ、視線を落とし……眉をひそめる。
最後の一切れはお義父さんの口へと消えていた。
「……では今度の稽古の帰りにでも買ってみましょう」
顔を上げた時には先ほどの笑みへと戻っていたが……その笑みはどこか幸薄そうに見えた。
前回あった時もそう見えたんだよな。なんでだろう……糸目だからかな。でも同じ糸目でもアマツはうるさいし、関係ないか。
雰囲気がこう……幸薄そうな感じがするんだよね。
この濃い目の家族に普段から囲まれているんだ、いろいろ苦労が偲ばれる。
今度こっそり何か差し入れしておこう。
「茶屋だけでは無いのか」
「時代劇に出てきそうな……なんて言ったらいいんでしょうか。屋台街が一番近い気がします」
「なるほど……最近昼は肉か洋食ばかりだったから助かる」
美味しいけど毎回だと飽きちゃうからね。
時代劇と屋台と聞いてどんなお店があるかなんとなく想像できたのだろう。お土産を食われたことは忘れ、嬉しそうに笑みを浮かべるお義父さんをみて、俺も釣られるように笑みを浮かべると……その光景を横から見ていた遥さんが怪訝そうに眉を顰める。
「……まるで借りてきた猫のよう」
「えっ?」
「なんで嬉しそうなのかなあ」
思わず猫って言葉に反応してしまった。
……そうだな。今度くる時はクロも連れてこないとな。
今日は昨日食いすぎたこともあって、お留守番するというから連れてこなかったけれど、ちゃんと皆に紹介せんといかん。
そして徐々に付き合いを増やしていって、やがては……け、結婚とか??
やばいな、今からなんか緊張してきたぞっ。
とかなんとか考えていたら、漬物食い終わったお義父さんとお義兄さんに道場に連行されました。
ほかの門下生は居なかったので、俺に付きっ切りで稽古に励むことができたよ。
プレッシャーやべえぞ。
「ぷう」
軽い素振りから始まり、打込み、切り返し……最終的には二人相手に試合形式で稽古を付けてもらった。
色んな技を教えて貰えて凄く勉強になったよ。
今後、こういった技を使ってくるモンスターが登場するかも知れないし、やっぱ俺も定期的に通って稽古つけて貰うべきだろうな……ダンジョンの訓練施設に対人があるのもその辺見込んでのことだと思うんだよな。
「ふむ……」
「やはりかなり余裕がありますね」
習った技を反復練習していると、こちらを見ていた二人からそんな会話が聞こえてきた。
まあ実際その通りで、肉体的にはだいぶ余裕がある……精神は結構消耗したけどなっ。
これはダンジョンに潜って身体能力が上がったからであり、同時に上がったせいでもある。
身体能力が違いすぎて、本来であれば見ることも困難な竹刀や木刀の動きがスローモーションに見えるし、神経も鍛えられて本来あるべき脳が指示を出してから実際に動き出すタイムラグなんかもほぼ無い。
5%とは言え影響がでかすぎる……だからこその訓練施設なんだろうけど、俺たちと同レベル帯となるとね。
俺たちが付けているカードを外して、隊員さん達につけて貰うって手もあるけど……向こうは仕事でダンジョン潜っているし、頼むのも気が引ける。
どうしたもんだろうか……と、つらつらと考え事をしながら木刀を振っていると、不意に声が掛かる。
「婿殿、午後からの予定は空いているかな?」
「む……は、はい! 空いてます」
婿殿ぉ!?
思わず声が裏返ったぞっ。
そう呼ばれたのはこれで二回目だけど、前回はちょっと俺をやる気にさせるためだったし今回のこれは……これは、いけるぞっ。
午後からの予定? もちろん空いてますとも!
なんでもやりますぞ!
「ダンジョンに潜って鍛えると外でも僅かながら身体能力が向上するでしょう? そうなると潜っている深さによって差が出てきてしまって、訓練に支障が出るようになってきたんです」
眉の八の字にしながらそう語るお義兄さん。
俺、島津康平は現在ダンジョンの訓練施設へと来ています。
それ自体は良いんだ。モンスター相手に実戦形式の稽古とか出来るわけだし……問題は対人のところに来ているとこだ。
そして、気のせいじゃなければお義父さんとお義兄さんが担いでるの木刀じゃないし、もちろん竹刀でもない。
真剣だあれ。
「でしょうねえ……ということは訓練施設にはその辺を解決してくれる機能があると」
娘が欲しければ儂を倒してみせよ! ルートに入ったかな……と内心ドキドキしながらも表情に出さずにお義兄さんとの会話を続ける。
「その通りです。なのでダンジョンに潜っている門下生は訓練施設で稽古をつけてますね。日によって違いますが、午前中はダンジョンでモンスターを相手に、午後は訓練施設で門下生同士で……といった具合です」
「なるほど。ちゃんと活用されてるんですね」
そっかあ……レベル差解決してくれる機能あるんだあ。
やべえな、刺し違えてでもって気構えでいかないと一撃当てるのも難しそうだぞ。
取り合えず頭部とか首への一撃は避けて、腕とかは1本ぐらいならまあ……ああ、いやまて早まるな俺。
まだそんなやばいルートに入ったとは限らんぞっ。単に娘婿の俺を鍛えてあげようとお義父さんとお義兄さんが気遣ってくれているだけかも知れない。
ほら、お義兄さんだって楽しそうに笑みを浮かべて……。
「ええ、本当に助かってます……斬り合い……真剣での訓練は早々できるものではないですから」
ほんとうたのしそうですね。
いやせめて言い直そうとしてくれませんかねえ??
誰だよこのお義兄さん幸薄そうとかいったの。
擬態だよ擬態。
やべえよこの一家。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます