第334話
「みなさん夕飯まだですか?」
「ん、おお。これからだが……どうかしたか?」
食欲には勝てなかったよ。
ただやっぱ寝る前に色々食べるのは罪悪感があったので隊員さん達も片棒を担いでもらうことにした。
すまねえ。寿司と天ぷら食いてえんだ。
まあ、みんな喜び勇んで茶屋に突入していったので問題はないだろう。きっと。
「さて……どれにしよ」
とりあえずは屋台をじっくり眺めて気になったものを買っていくことにするが……ほんと色んなお店があって目移りする。
とりあえず寿司と天ぷらは絶対食べるとして、あとは直感に従ってみるか。
「ウナギ旨いなあ……お米がほしい」
おいしいよね。ウナギのかば焼き。
なんかやたらと良い匂いがするなーってふらふら近寄ったら、まさかのウナギのかば焼きだったよ。
身はふっくら、皮はパリッとして良い感じの脂の乗り具合、嫌な臭いもなし……うん、スーパーでたまに買って食うのとはだいぶ趣が違う。
まあ、スーパーのもおいしいんだけどね……お米どうしようかなあ。
絶対おいしいのは分かっているだけど、お腹に溜まるんだよねえ。
そうやって悩みながらウナギを食べていると、クロが腕をちょいちょいとつついてくる。
「ん? クロも食う? ちょっと待ってね、白焼きあるから……ほい」
もしかしたら食べるかな? と思い買っておいた白焼きだけどクロの口にはあったようだ。
小皿に乗っけてだしてあげたんだけど、てしてしと食べ終えたお皿をなめている。
「もういいの?」
……足らなかったかな? と思い聞いてみたけど、もういらないとのこと。
美味しかったけれど、おなか一杯になっちゃうからいらないんだそうな……そういうことならドンドン次に行ってみようか。
「天ぷらいける……でも寝る前に天ぷらっていいのか」
目当ての天ぷらはおいしかった。
いかにも江戸前って感じのする天ぷら……おろしの入った天つゆにさっと潜らせてぱくっと食べる。
串にささってるから食べやすいね。
カラッと揚がっているから脂っこさなんて皆無だけど、食いすぎると胃もたれしそうな予感がしなくもない……もう1本ぐらいなら食っても平気かな?
「あれ? キスの天ぷらがない……クロ、おぬしか」
猫って天ぷら食うんだ……揚げ物はやめたほうが良いかと思ってクロの分は買わなかったんだけどね。
衣の食感が気に入ったのだろうか、クロはにゃぐにゃぐと結構な勢いでキスの天ぷらを食べている……串をきっちり持ちながら。
……追加で買うか悩んだけれどやめておこう。
おなか一杯では他のものを食べられない。クロはそこを思い、気を使ってキスの天ぷらを食ってくれたのだ……そう思うことにした。
「押し寿司もいけるいける。うましうまし」
普通の寿司ぐらいしか食ったことなかったけれど、意外といけるもんだねこりゃ。
コハダおいしい。
「え、これお酢使ってるけど……そんな顔せんでも……」
俺がうまいうまいとぱくぱく食ってるもんで、クロが興味深そうにふんふんと匂いを嗅いで……よくもだましてくれおったなと言わんばかりの目でこちらを見る。
……いや、だましたつもりは無いのだけどね。とりあえずそこの焼き魚でも買ってご機嫌取りしておこう……。
「……しまった。さっきの天ぷら買っておきゃ良かった」
色々食べて……そろそろ締めということで蕎麦を頼んでみた。
店構えはまさに時代劇で出てきそうな屋台を担いで売るタイプのやつ……すごい旨そうに見えて思わず買ってしまったんだよね。実際おいしいし買って正解だった。
ただ普通の掛け蕎麦なもんで、具材が……七味だけでも十分美味しいんだけどね。
ちなみにクロは1本だけ味見して満足したようだ。興味はひかれたけど、どんなもんか分かったからもういいってことだろう。
……さて、お腹もくちくなったし今日はこのへんで切り上げるかな。
ほかにも興味ひかれるものが沢山あるけれど、とてもじゃないが1日じゃ回りきるのは無理だ。
ダンジョンに潜るようになってから食う量も増えたけれど、大食いってほどじゃないんよね。
「うん、よく冷えてて旨い」
この辺で切り上げるかなといったな。
あれは嘘だ!
……いやね。冷やしトマト売ってますって暖簾があって思わず買ってしまったのだ。
ほら、野菜もとればプラマイ0になるかもだし……色々買い食いしてちょっと疲れたし、ダンジョン出る前の休憩と思えばね?
「縁日とはちょっと違うけれど、これはこれで良いなー……今度遥さん誘ってみるか。あと中村も」
そのへんの縁台に腰かけて、しゃぐしゃぐとトマトを食いながら落ち着いて辺りを見渡すと、隊員さん達がこぞって駆け付けたこともあって、まるでお祭りを眺めているような気持になる。
ただ出ているのは屋台だけじゃないし、祭りによくある射的だったり、くじ引きとかそういった類のものは無い。
が、見て回る分にはお祭りと同じぐらい楽しめるので、今度だれか誘って来ようと思うのであった。
……脇にちらっと見えたアマツ焼きという幟旗を意識から消しながら。
これ以上あれの名称増やすんじゃねーですわ。
そして色々食いまくった翌日のこと。
「いらっしゃい、康平さん」
「ご無沙汰してます。あ、こちらお土産です」
俺は無事胃もたれすることなく、茶店で購入した持ち帰り用の和菓子セット(お茶付き)を手土産に遥さんの家を訪ねていた。
「あら! わざわざすみませんねえ……ささ、あがってくださいな」
店名の書かれていない、けれど高級そうな包みをみてお義母さんの頬がほころぶ。
今度のお菓子も美味しいので期待しておいて欲しい。
「あ、島津くんいらっしゃーい……あれ、そのお土産……もしかしてまた施設のアップグレードした?」
「茶屋って施設あったんで追加してみたんです。店でも食えますし、こんな感じで持ち帰りもできます……今度一緒にいきましょう。団子とか、かなり美味しかったですよ」
「いいねー。和菓子も美味しいからねえ」
茶の間に入ると遥さんが出迎えてくれた。
そして見慣れぬ包みをみて、そっこうで施設関係で何かしたとばれる。
ほぼダンジョンに住んでいるようなものだし、俺よりずっといろんな施設に通っているんだろう。
今後はそこにあの茶屋も追加されるに違いない。
……さて、無事挨拶を済ませたわけだけど。肝心なお義父さん達の姿が見えないな? 予定の時間より気持ち早めに着いてしまったから、まだ道場にいるのかな。今日くることはもちろん伝えてあるので、今日はダンジョンには行ってないはずである。そういや義妹さんもおらんな? 今日は仕事とかだろうか。それとも大学とか?
「んっ? 和菓子??」
と思ったら義妹さんが床から生えてきた。
文字通り床から……床下収納の戸を開けて。
姿が見えないから不在なのかと思ったら、手に瓶を抱えているところからして保存食でも取り出してたんだろうかね。
「おおー」
そして瓶を床に放置したかと思うと、興味深々にお土産の包みを見つめる……たまにちらっとこちらに視線を向けながら。
「……時間経つと団子とか固くなっちゃうと思うんで、よければ食べてください」
「やった!」
そんな風に見られたらこう言うしかないよね……まだお義父さん達が来てないけれど、さすがに前回のこともあるし全部食切るなんてことはないだろう。ないよな?
「ほんとこの子は……すみませんねえ。今お茶いれますから」
「あ、お茶なら……茶屋で買えたんで、よかったら」
忘れるところだった。
そういやお茶も一緒に買ったんだった。
「容器毎買えるんだ……デザインいいねこれ」
「ですよね。飲み終わったあと普通に使えそうですよねこれ」
てっきり適当な使い捨て容器に入れるのかなーって思ったら、陶器の保温用の容器に加えて茶碗までセットになってるんだよ。すごくね?
しかも見た目よし。
動物や植物が目立ちすぎない程度に描かれていて、お店で売っていたら思わず手に取ってしまいそうな出来だ。
アマツのイラストが入ってないのも良い。
……ちなみに例のアマツ焼きだけど、アマツの顔が焼き印されていたとだけ言っておこう。
お茶を買って帰る人は少ないだろうとか、そんな判断なんだろうかね……まあ、とりあえずお茶にしよう。
なんだかんだで遥さんもお義母さんも食う気満々で席に着いちゃったし。
「和菓子もおいしいね」
「ほんとねえ……」
「お腹いっぱいー……」
和菓子を選んだのは正解だった。
お茶との相性もよく、飛ぶように売れたよ……そう飛ぶように。
「さてと」
そういって空になった包みを手に取るお義母さん。
その視線の先にあるのはゴミ箱だ。
なんかすっごい既視感がある……既視感があるけれど、あの時と同じ流れにはならないだろう。
なぜなら。
「お父さんたち帰ってくる前に証拠隠滅しないとね」
「もう帰ってきとるが?」
もうばれてるからだ。
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