第329話


「あれ。島津くんこれこれ」


「ん?」


とりあえず腹を満たさなあかん。

ということでスマホをぽちぽちいじりながら犬猫連れで入れるお店を探していたのだけど、何やら遥さんがカタログを開き、ページを指さしながらこちらへと見せてきた。


「ごはん出るみたいだよー」


「……ほんとだ!」


遥さんが指さしていたのは、今回のオークションのタイムテーブルだった。

出品物ばかりに注目していたけれど、よくよく見てみると昼休憩があり、お食事を会場にご用意していますと書かれている。



「外でなくて済むから助かる」


いや、ほんとそれな。

いまだに雪やまないからね、外。

会場から出ずにお腹を満たせるなら大歓迎ってもんよ……あ。



「……クロと太郎もいいんかな」


たぶん入場出来たし、ダンジョンに潜ってるってことは他の犬猫と違って頭良いってことなので、問題なしになるとは思うけど、最悪はダメですってなるかもしれん。



「聞いてみたらー? ダメそうなら……おやつのジャーキーあるよ。あとさけるチーズ」



そういってバッグからひょいっと取り出す遥さん。

このバッグ、この前のイベントでくじで当てたマジックバッグだな。見た目よりずっと物が入るからかなり便利なやつ。

そしてこのジャーキーとチーズはあれだね、材料が飛竜とワームのあれだ。

美味しいのは間違いないけれど、おやつというかどう考えてもお酒のおつまみ用なので結構匂いがする。

さすがにお昼の会場以外で食べるのは顰蹙もんかも……まあとりあえず聞いてみよう。

ダメなら外で何か飲みながら遥さんのおつまみでも頂くことにしよう。




「……高級なホテルのビュッフェ会場みたいな?」


「そんな感じだねー」


結論から言うとあっさり入れた。

しかもクロと太郎用に椅子まで用意してくれたよ。ありがてえ。


「なんか場違い感が……」


「別にそんな気にしたもんじゃないって」


中村が自分の服装を何やら気にしているが、そんなのクロと太郎がいる時点であれだよ誤差だよ誤差。

それに俺だった別にスーツとか着てる訳じゃないし、遥さんが選んだ私服から落ち着いたの選んだやつだ。



「太郎とクロの分も取ってくるからここで大人しく待っててね」


いくら頭がよかろうが、さすがに料理を自分で取り分けることは……クロはできそうだな?

ま、まあできたとしてもやり難いのは確かだろう。それにどうしてもテーブルの上に乗る必要があるし、さすがにそれはまずい。


というわけで料理は俺たちで取ってくることにした。

太郎が我慢できずに動こうとしてもクロが止めてくれるだろうし、問題はない。


……いや、太郎のよだれすごいな? ちょっと急いでとってくるとするか。




「オムレツいかがですか?」


「あ、じゃあ一つお願いします」


ごめん。

なんかオムレツその場で焼いてくれるみたいで、急いでとってくるとか言いながらついつい頼んでしまった。

だって、そんなシステム初めてだし……俺は悪くねえ。おいしそうなオムレツが悪いんだ。



「目の前で焼いてくれるとかすごい……うまい」


焼きたてのオムレツはおいしゅうございます。

熱々のふわっふわでとろとろだよ。半熟っていっても切ったら流れ出るようなのじゃなくて、そのまま食うには最適な火の通し方って感じだ。うめえ。



「あっちでステーキ焼いてくれっぞ!」


「まじか!」


なんだって。

そいつは聞き捨てならんな!

こうなりゃ全部制覇してくれるっ。




「お酒おいしー」


「……食いすぎた」


「うっぷ」


ちょっぴりはしゃぎ過ぎたかも知れない。

ダメだよ、こんなところに10代の男子を解き放っちゃ。


……まあでもそれがむしろ良かったのかも知れない。

どうも料理を取りに行くときに、こちらをちらちらと窺ってる気配があったんだよね。別に敵意とかは無さそうだったし、目の前に料理があったからスルーしていたけれど。


もしかするとこの食事の場を利用して良く言えばちょっと交流を持ちたいとか、そんなつもりだったんじゃないかなーって気がする。

落ち着いてまわりを見てみると、そういった感じの人らが結構いる。

ていうかむしろ俺たちが浮いているぐらいだ。


だもんで、今はお腹も落ち着いてお喋りモードになっているから、話しかけてくる人がいてもおかしくはないんだけど、そういった人は一向に現れない。

なぜかというと……。



「すっごいしょぼくれてる」


「犬だしねえ」


お皿に山になった温野菜を前に、太郎がなんか情けない声で何かを訴えているからである。


……いや、取ってきた料理を食べたいっていうからあげたんだけどね。

まさか山盛りの野菜だとは思ってなかったらしい、ステーキ食いまくってたから肉と思ったんでないかな。


俺と中村はお腹一杯だし、遥さんはお酒モードだし、クロは寝てるしで山盛りの野菜を減らしてくれる仲間はいない。

がんばれ太郎。食べてみると結構美味しいかもしれんぞっ。




それから30分。

ちょっとお腹に余裕が出来た俺と中村が手伝い、どうにか山盛りの野菜を消すことに成功した。


とうにお昼休憩は終わり、すでにオークションは再開している。

いくつか出品物を落としたり、スルーしたりしているとやがて残りは僅かとなっていた。


「あとは島津が出した飛竜ぐらいか?」


「たぶん……たぶん」


先ほど終わったのがカタログに物が載っていた最後のやつだ。

残るはシークレットとなるので、おそらく俺が出した飛竜まるごとが出てくるはずなのだが……ちらっと視線をクロへと向けるが、あいにくお腹一杯のクロは午後からずっと丸まったままだ。



「クロは何かだしたのー?」


「どうなんだろ……クロ、何か出品してたりする?」


そう、丸まったクロへと声をかけるが、返事は尻尾がぴこっと動いただけ。


「これはどっちなん?」


「……たぶん声かけたからとりあえず尻尾振っただけっぽいなあ」


「じゃあどっちか分からないねー」


起こして聞けば分かるけど、お腹いっぱいで横になってるのを……と思うと、実行するのは躊躇われる。

オークションが進めばいずれ分かることではあるしね。


そんな訳でクロが出品したかしてないか分からないまま、ついにシークレットの番がまわってきた。



「お待たせ致しました! 次はいよいよお待ちかね、シークレットのうちの一品……23階層の飛竜を1頭丸ごとです!! 以前別の会場で21階層のドラゴンが出品されたことはありますが、これはより深い階層の上位のドラゴンとなります!」


「あ、やっぱ飛竜にしたんだ」


「ええ、まあ……」


前回はクロがドラゴンだしたけど、あれはまあノーカンみたいなもんだ。

それよりもシークレットのうちの一品ってことは、他にも飛竜レベルのが出品されてるってことだ。

やっぱクロ、何か出してるなこれ。


「ではここで出品者より一言……「今回は特に用途に制限はつけません」……会場の皆様、ご安心ください! 今回はどのような用途でも入札可能です!!」


ご安心くださいの一言に、前回のあれがいかにショッキングな内容だったことがわかる。

ドラゴンが食われてたのをみた、アメちゃんのお偉いさん並みにショック受けてたかも知れない。


「あー、そっか前回ちゅーるの原料限定になっちゃったんだもんね」


「ええ……出品したの俺じゃないからな?」


「わかってるって……よくよく考えると猫がオークションに出品するってすげえよな」


こっちをガン見してきた中村に一言釘をさしておく。

あれは俺は悪くないからなっ。

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