第308話

躊躇している内にボートは動きだしてしまった。

……今からしがみ付くのはちょっとね。悲しいけど大人しく持ち手でも掴んでおくとしよう。


潮風が目にしみるぜ……ていうか。


「うひゃー」


「これ、早くねえっすか!?」


バナナボートが出して良い速度じゃないぞっ。

水面と近いこともあって体感速度が半端ない。おそらくは100km程度しか出てないんだろうけど……いや、やっぱ早えよっ!



「おっおっおっ」


カーブでバナナボートがまるで平べったい石が水切りするかのように、波に当たっては跳ねてを繰り返す。

ほぼ水平といって良いぐらい体を傾けることでどうにかバランスを保っているが、ふとした拍子で崩れかねない。


「あっ」


ぽんぽんぽんとリズム良く跳ねていたが、たまたま波が低かったのだろう……跳ねると思っていたタイミングで跳ねず、ボートが傾き過ぎてしまう。

眼前に迫る海面。今から逆に体をひねっても、体勢を整えることはできないだろう……やれば持ち手がちぎれかねない。



「ガボォッ!?」


俺は海面を甘んじて受け入れた。しょっぱい。


普通なら海面に突っ込んだ時点でバナナボートから投げ出されるだろうが、ここはダンジョン内である。当然くそほど上がった身体能力を持ってすれば海中を高速移動してようが投げ出されることはない……ボートが持てばだが。



あれ?

持ち手が千切れそうになったら手を放そうと思っていたけれど、意外と丈夫だな? こいつ。

マーシーが用意したやつだから特別丈夫なのかな。


……レベルアップした連中に貸し出す道具って考えると、まあ当然か。

この分ならこのまま体勢を整えることもできるだろう。なんて思っていたらぼやけた視界に何かが急に迫ってくる。


「ふぎゅっ!?」


顔に触れた感触から、すぐにそれが遥さんだと分かった。

俺はとっさに遥さんの体に腕を回し、後ろに流されないようにがっちり固定する。


もしかして持ち手がちぎれたのか? ……いや、それはないか。俺と遥さん二人分の負荷が掛かっても、持ち手が千切れる様子はない。

となると何か魚にでもあたったのだろうか。怪我をしてないといいけど。




「遥さん大丈夫っすか??」


バナナボートが裏返ったのを察知したのだろう。ボートは徐々に速度を落とし、やがて停止した。

俺は抱えたままだった遥さんをおろし……とっさに抱えちゃったけど、結果的に腰に腕をまわすことになっちゃったなあ。いや、わざとじゃないんだよ決してわざとでは!


……って、俺は何に言い訳しているんだ。それよりも遥さんだ。

おろしてから顔を俯かせたまま動かないでいる。


「遥さん?」


「うん、へーき。大丈夫。……だけど、ちょっとあっち向いて貰っていいかな? とれちゃって」


「あ、はいっ!!」


そおぉぉだよねええ!! あんだけの勢いで海中に突っ込んだんだもの、そりゃ水着だって取れるよ!

くそぉ、水中でも視界が効けばよかったのに!! なんてちょっと欲望垂れ流しすぎだな俺っ!


てか、勢いよく顔そらし過ぎたせいで頸椎外れかけたぞ。首からボギュッてなっちゃいけない音がしたよ……こんなんで死亡判定とか受けたらもう恥ずかしすぎて切腹もんだよ、はああんっ!



あれから一度岸に戻り、バナナボートは危険だということで封印することになった。

俺は大丈夫、もう落ち着いた。大丈夫だ。


「あまり速度でるのは危ないって分かったから、次はこれやるよー」


「ウィンドサーフィンすか」


風も強くないしあまり速度は出ないだろうから、さっきみたいなハプニングが起こることはないだろう。


けして残念に思ってたりはしない。


普通のサーフィンと違って、波に呑まれることもたぶんない。


けして残念に思ってたりはしない。



「おー」


「思ってたよりスイスイ動くんすね」


色々思うところはあるけれど、いざ乗ってみるとこれが結構面白い。

普通の人の駆け足ぐらいには速度でるし、風にあわせてうまい具合にセイルを動かせば思った方向にも進むようになってきた。

なにより綺麗な海でやってるもんで、景色がすごく良いね。

海中を泳いでいる魚とかもみえちゃう。


中には俺たちを仲間とでも思っているのか並走しているお魚なんかもいる。

時折飛び跳ねるその姿は水しぶきがキラキラとしていて――



「お昼ご飯とれたー」


「……ッスネ」


――すごくおいしそうデスネ。


まさか飛び跳ねた魚を素手でいくとは思わんかったよ……。




「ご飯炊けたよー」


「こっちもそろそろ焼けたかな」


バナナボートに乗って、ウィンドサーフィンに乗ってと遊んでいるうちにお昼の時間になっていた。

あわれお魚くんはお昼のおかずになることに……単に並走していただけなのにね。

運が悪かったと諦めておくれ。


「いただきまーす」


「いただきます」


遥さんがつかまえた魚は結構大ぶりなやつで、1匹を二人で半分にしても十分な量があった。

身も肉厚で油ものっててかなりおいしそう。


「あ、もし生焼けだったら追加で焼いてください」


「ん……だいじょぶだいじょぶ。焼けてるよ」


「ならよかった……あ、美味しい。すげーふわっとしてる」


「皮ぱりぱり」


予想通りあわれなお魚くんはおいしかった。

遥さんも食が進んでるし気に入ったようだ。


お土産にいくつか捕って帰るのもありかな? なんの魚か分らんけど。

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