第307話

着替えの音がする中、関係のないことを考え意識をそらす……そんなことは出来るはずもなく、ひたすら悶々とすることおよそ10分。

体感的にはもっと長く感じたそれは、テントから出てきた遥さんの声によって終わりを告げる。


「おまたせー」


視線を声のほうへと向けると、普段の恰好からは想像できない……ええと、水着だから当然なんだろうけど、ずいぶん布面積の小さな姿の遥さんがいた。


……なんだろう。あまり見たことない水着だ。

ほら、ワンピースみたいのを除いて普通は胸の部分って丸とか三角とかの生地じゃん。

そうじゃなくて……マスク? みたいな四角い生地なんだ。もちろん凄い似合ってて良いんだけどね。

前にアメリカいったときに水着楽しみにしててって言ってたけど、すごいの選んだな遥さん。


ありがとう。



てか、あれですね。すごい着痩せするタイプなんですね。何がとは言わんですが。何がとは!


ありがとう。



「……どう?」


俺があまりにもガン見しすぎたからだろう。

遥さんが少し頬を赤らめながら水着の感想を聞いてきた。


「む、むっちゃ似合ってます!!」


「そう? へへ、ありがとね」


とっさのことだったんで、あまり気の利いたことは言えなかった。

……いや、てんぱってすごく大きいですとか言わないだけましだけど。


「島津君もー」


……え、俺?

至って普通の海パンだけど……てか、じっと見られるの結構恥ずかしいな!

何せ海パンだもん。他に何も身に着けてないわけで、パンツ一丁でいるところをガン見されるようなもんだよこれ。


……そう考えると遥さんも大分恥ずかしかっただろうな。

やはりあまりじろじろ見ないように気をつけねばいかん。見すぎて嫌われでもしたらショックどころじゃない。

俺の精神力を総動員する時がきたようだ。




「けっこうバランス良い筋肉してるよね」


「ありがとうございます?」


そっちかい。


海パンどころじゃなかったわ。

裸体ガン見されてましてよ。


「最近ポーション使って鍛えてる人増えてるんだけど、中にはやり過ぎちゃう人もいるんだよねー……」


「あー」


そゆことか。


ポーションが世に出回ってからしばらく経つ。

配布分は別として、当初は需要に対して供給が間に合っていなかったポーションだけど、最近はある程度お金を積めば買えるようになってきている。


それもあってポーションを使って筋トレする人が増えたのだけど……中にはボディビルダーというか、そんなレベルじゃなく鍛えすぎて脇がしまらずにヤジロベェみたいになってる人もおるんよね。

俺とかは戦うのに必要な分だけ鍛えて、あとは戦闘で維持してる感じだからそこまで過剰には筋肉ついてないのだ。

戦いに必要な筋肉は育って、他は程よいところで落ち着いた感じ? 結果としてバランスよくなったのだろう。



「はいこれ」


ふんふんと一人納得していると、遥さんに何やら手渡された。

それはナイロン生地を折りたたんだずしっと重みのあるものだった……一瞬テントか何かと思ったが、そっちはすでに建ててあるんだよな。


「……バナナボート?」


じゃあなんじゃろな? と広げてみると、それは海上で遊ぶのに使うバナナ型のあれだった。

……膨らませろってことかな。こんだけでかいと地味にしんどそう。


コンプレッサーか何か欲しいぞ。


「一度乗ってみたかったんだよねー」


そうニコニコ笑みを浮かべながら話す遥さん。

北海道だとなかなか機会がないもんなー……道南でも行けば別かもだけど、ここいらだとちょっとね。


「確かに面白そうっすからね。ボートで引っ張って……」


俺も動画みたことはあれど、実際に遊んだことはない。

ボートで引っ張られ、きゃーきゃーはしゃぐ様子はとても楽しそうだった……あっれ?


「ボート?」


ボートなんて持ってきてない。

え、飛行艇でひっぱるの? 割と惨事になる予感しかしないけど……。


「あ、ちゃんと持ってきたよー」


「まじすか」


「マーシーに聞いたら用意してくれたんだー。自動で操縦してくれるんだって」


「まじすか」


準備万端っすね。

てかマーシーまじ優秀。飯はうまいし、いろいろお願いするとやってくれるし、ほんと助かる。

自動操縦のボートなんか普通は手に入らないだろうしね。



「てか、他にもむっちゃ持ってきてますね」


「やってみたかったんだよう」


なんかボート以外にも色々もってきてそうだったので、ちょっと荷物見せてもらったら出るわ出るわ大量の遊び道具が。

どうやらやってみたいと思ったマリンスポーツ系の道具一式を持ってきたらしい。


ちなみに持ってきた道具一式にコンプレッサーはなかった。あったのは手押し式の空気入れのみ。

なんでや。





「よーし、さっそく乗ってみよー」


「うーっす」


レベルアップによって上昇した身体能力を遺憾なく発揮し、ほんの1分足らずでバナナボートを膨らませた俺たちは、着水した入江から少し離れた砂浜へとボートを引き摺り向かっていた。


「こっちの海岸は結構波あるなあ」


「だねー」


入り江と比べて……もっともあちらはほぼ波が無かったので比べるにしてもあれだが、程よい感じに波がある砂浜は道具を使って遊ぶのに丁度良い。


「えーっと、接続はできたっぽい?」


「できたみたいっすね」


マーシーが用意したボートにロープの先端にある金具をガチャリと装着する。

軽く引っ張ってみた感じ、簡単に外れそうにはなかったので問題はないだろう。


あとは水面まで運べば……うん、準備は完了だ。

ボートは勝手に少し離れたところまで移動して止まったので、あとは俺たちがバナナボートに乗れば引っ張ってくれるだろう。たぶん。



「おー、それじゃさっそく乗ろうじゃないか。ほれほれ」


そう言うが早いか、遥さんはバナナボートへと突撃していく。

ちなみにバナナバートは二人乗りで遥さんは前に乗るようだ。するりとボートに跨ると、俺のほうへと振り返り腰をぺちぺちと叩いて急かしてくる。

よほど楽しみだったらしい。



「よっと……」


「ほれほれ」


どっこいしょとボートに跨り……持ち手を掴もうと思うが、そのすぐそばには遥さんのおし……臀部? がある。

俺が戸惑っている間にも遥さんは自分の腰をぺちぺちと叩いて急かしてくる。まるでここに捕まれとでもいうように。


……ん??


「っ」


喉がヒュッと鳴った。

これもしかしてもしかすると、腰につかまれってこと?? え、まじ??


「べっつにーいやなら掴まなくていいけっどー」


「え、いやじゃなくてデスネ!?」


俺の驚愕した顔をみて、ぶーっと口を尖らす遥さん。

嫌じゃないんです。嫌じゃないんですけどっ心の準備がちょおおっと欲しいなあって思うんです!!?

遥さん大胆すぎませんかねえっ!?



「とりあえずしゅっぱーつ」


「あっ」








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