第246話

「島津デース」


カメラを前にして、死んだ目でピースをしている男が一人。俺です。


結局あのあと何度か撮り直して「お前もう名前言うだけでいいよ!」となり、今に至る。

なんの面白みもない動画になってしまうではないか?


そんな疑念からせめてもの抵抗としてダブルピースしておいた。

顔はフェイスガードで見れないのが残念だ。



「よっしよし」


中村はそんな俺をみて満足そうに頷いている。

ダブルピースは見なかったことにしたんだろうか? OKだす基準が相当下がってるな。


「……じゃあ、最後に」


そういうと中村はカメラをさっと横に向ける。

その先にはクロがいるのであるが……。



「……」


「……」


クロはカメラを向けられても、香箱座りしたままピクリとも動かないでいた。


「あの、クロさん??」


声を掛けても反応がない。

耳も尻尾もピクリとも動かない。


これ寝てね?


「ほらぁ、何回も撮りなおすからクロ飽きちゃったじゃん」


「主にお前のせいやろかい」


そうじゃろか。


「クロー? おーい」


起きてくれると嬉しいなーと、背中をつついてみると、クロはうっすらと目をあけて、迷惑そうな顔でこちらを見る。


そしてほんっとうにしゃーねえなあ……って感じで、小さく尻尾を揺らすのであった。


「……ま、まあとりあえずはこれで」


中村はとりあえずこれで良しとしたようだ。

まあ、これはこれで猫好きには需要あるだろうさ。


犬好きにはしらぬ。




とりあえず最初の挨拶はこれでOK。

じゃあ次は戦闘シーンなってことで、ダンジョンの奥へと向かうことになるが。


「抱きかかえてくんかい」


「しゃーないべ」


クロが動く気ないんですよね。

しょうがないので俺が抱えて持っていくことにした。

なるべく揺らさないように慎重に、ゆっくり進まないとだね。


この場面もきっちり撮影していたりするので、あとで動画に組み込むんでないかな。

このままじゃ攻略動画というより、お猫様の動画になってまうぞ。

俺は一向にかまわんが。



撮影は小部屋ですることになった。

廊下にもネズミはいるのだけど、いつエンカウントするか分からないし今回は撮影には使わないでおこうってことにしたよ。


「んで、ネズミからやるんだよな? 本当にいいの?」


あとは実際に小部屋に入って戦闘シーンを撮るのだけど、その前に念押しで確認しておこう。

タダのネズミを退治する動画って需要あるんかいなと。


「おう。適当に相手の動きとか解説しながら倒してくれ、んで倒しかとのコツとか、装備は何がいいとかそのへん話してくれると嬉しい」


「あいよ」


まあ中村がやる気であるのなら俺としても特には反対しない。

しかし適当に解説ねえ……原稿なしとかなかなかアドリブ力を試されますなあ。

うーん。


「何から話すかな……ダンジョンの1階から4階まではでかいダンジョンだろうが小さいダンジョンだろうが、大した強い敵って出ないんだよね」


皆もう知っているだろうけど、最初だからこのへんから話すか。


「とくに小さいダンジョンはそれこそ……1階だとこんな感じのそこらに居る動物と変わらないような敵が出てきたりする」


そういって俺は小部屋の中を指さした。

中村がそれに合わせてカメラを向ける。きっとネズミの姿が写っていることだろう。


「背が低い分、武器を使って倒すよりは蹴ったり踏みつけて倒した方が良いだろうね。こいつら足を狙って攻撃してくるからやりやすいんだ」


武器だと逆に倒しにくいかも知れない。

小さいダンジョンだと武器のリーチ短いし……屈まないと攻撃を出来ない相手には蹴りのほうがずっとやりやすいのだ。


実際に戦うところをみせようと、俺はクロを抱えたまま小部屋へと足を踏み入れる。

するとすぐさま室内にいたネズミが反応し、俺に襲い掛かってくる……それに対して俺はカウンタ気味に蹴りを入れるが……。


「こんな感じで……あっ」


「はい、テイク2~」


爆散したわ。

生放送じゃなくてよかった……こんなん放送事故じゃん。BANされちゃう。




同じ過ちは繰り返さない。


「こんな感じでね」


そう心に決めた俺は、慎重に……本当に慎重にネズミに蹴りをいれた。

幸い爆散することもなく、かと言って威力が足らずに倒せないなんてこともなく、首がへし折れたネズミの死体がいくつも転がった。


「特大ダンジョンだと1階からゴブリンが出てきたりするから、そっちは武器を使って倒すように。何を使うかだけど……槍がいいんじゃないかな? リーチがあるぶん心に余裕も出来るし、突き刺すのは難しいかも知れないけど、叩き付けるだけならそうでもないし、威力も十分だからね」


先端に金属のついた棒で思いっきりぶん殴られたら痛いじゃすまんよね。

浅い階層のゴブリンは防具もつけていないし、それだけでかなりのダメージだろう。

頭に当たれば一撃かも知れない。


「防具は?」


む……防具ねえ?


「んー……小さいダンジョンであれば最低限、丈夫な靴と丈夫な服。でかいダンジョンなら全身を守る防具と、盾かなあ。特にこだわりがなければ、レンタルしちゃえば良いと思うよ。防具なしはちょっとない」


いや、まじでね。

防具の有無で難易度くっそ変わるからね! 体感済みよ。


「島津はなんかこだわりあんの?」


「そうだね……靴は鉄板入りのじゃなくて、登山靴使っていたりするよ。実際に使ってみて動きやすかったし、堅くて丈夫だから蹴ると良い感じにダメージ与えられるし、足も痛まない。ああ、もう慣れた靴があるのならそっちを選んでも良いと思うよ」


動きやすいのは大事だと思うんだ。

防御力はそのうち上がってくるし、最初は動きやすさ重視にしたほうが個人的には良いと思う。


あと何かあったかな。

武器と防具……戦闘のコツ言ってないな。

まあ、コツといってもあまりないのだけど……。


とりあえずこの小部屋のネズミは全て倒してしまったので、次の小部屋へと向かおう。


「それとネズミを倒すときのコツはね、こんな感じで蹴りと踏みつけをうまく使い分けることかな」


そこは10匹のネズミがひしめき合う小部屋だった。

俺は部屋に入ると、少し後ろに下がりながら襲い来るネズミを蹴り上げては踏みつけ……と次々倒していく。


「無理に蹴りだけで倒そうとすると、数が多いと迎撃が間に合わない時があるんだよね。まあ、噛まれてもそこまで酷い事にはならないと思うけど……痛いのは嫌っしょ?」


とは言いつつ、ネズミに噛まれたことないんだけどな。

ウサギの蹴りの威力を考えると、素肌に食らうとがっつり流血するぐらいには痛いんじゃないかな……もし指とか噛まれたら、千切れはしなくても折れはするかもね。


ウサギの蹴りとかまともに食らえば肋骨ぐらいは折れそうな気がするし。ネズミでもそれなりに威力あるはずだ。


あっとはー……ああ、カードの効果。


「ネズミのカード効果は聴覚、嗅覚に補正が入るんだけどー……血の匂いが気になってしまって、俺は使ってない」


正直微妙である。

まあ浅い階層のカードはこんなもんよね。

とはいえカード自体は、今のところ嗅覚に頼らなければいけない場面ってのはないけど、もしかするとそのうち……なんて考えて、手元には残してある。


「他何かある?」


「こんなもんじゃない? なにせ相手はネズミだし……ああ、そうそう一応食えるらしいよ?」


「その情報はあんま要らない……」


ですよね。

興味本位で食ってみたいって人はおるかもだけど、普通の人には要らない情報だろう。


「おっし、とりあえず動画さくっと編集するっぜー」


「おー」


とりあえず今回の撮影はこれで終了らしい。

挨拶に手間取ったけど割とさくっと終わったな?


戦闘シーン撮ったあとに、俺の装備とか撮影したけど……トータルで1時間ぐらいしか経ってない気がするな。



中村は編集用にノートPCを持ってきていたので、そのまま喫茶ルームに向かうことにした。

俺は茶を飲んで時間つぶしつつ、中村の作業を見守るって算段である。


クロ? 俺の膝の上に乗ってるよ。

今日はとことんお休みモードらしい。




適当に軽食を食べて、ケーキと茶を頂いてスマホをいじって時間を潰していると、ふいに中村の手が止まる。


「できた」


「え、もう? 早すぎね」


1時間ぐらいしか経ってないぞ。


「適当に切り貼りして、字幕とか効果音とかBGM付けただけだからなあ。顔を隠さなくていいから特に映像加工とかもいらんし……ところでこれ見てどう思う?」


適当にとは言うが、それでも早すぎな気がしなくもないけど……んで、その動画がどうかしたのだろうか? とりあえず見てみるけどー……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る