パティシエールの相棒
ぽちこ
パティシエールとしてお店をオープンさせた私の元へ「ケーキを作れるようになりたい」とやってきたのは…。
3ヶ月が経ち、やっとペースが掴めて来たかな?
パティシエールになりたい!
っていう高校生の頃の夢を実現させた私。
ケーキを食べるのも、もちろん大好きだけど、それ以上に
「作ってみたい」
「作れるようになりたい」
っていう気持ちの方が強かった。
あれから8年。
洋菓子の専門学校を出て、ケーキ屋さんに就職して、いわゆる「修行」を経て自分のお店をオープンさせた私。
おじいちゃんの駄菓子屋さんを改装したお店は何となくレトロ感があって、ケーキ屋さんぽくない所が逆に気に入ってる。
少しずつお客さんも増えてきて、一緒にやってくれる人を探さなきゃちょっと大変だなぁって、お店の入口の横に
【パートナー募集 (製造も販売も一緒に頑張ってくれる人)】
って貼り紙をした。
それから数日後、すっかり日も落ちて、次の日の準備を済ませて早く厨房の片付けに取りかからなくちゃ!と忙しなくしていた時だった。
あ、お客さんだ!
「いらっしゃいませ〜」
と声を弾ませる私。
あ、何度か見かけた事のあるお顔だ!
リピーターさんに心も弾む私。
真剣にショーケースを眺めていた彼が顔を上げて言ったのは、
「パートナーになりたいんですけど!」
ケーキの名前を言うものだと思っていた私はキョトン状態。
パートナー…
誰が?何の?
パートナー??
「パートナー募集って貼ってあったから」って入口の方を指さす彼。
あ…
私の中で勝手に女の人しか来ないと思ってた。
女ひとりでやってるお店に、まさか男の人がパートナーになりたいだなんて。
彼は至って真面目で、そして真剣だった。
「男じゃダメですか?」
「雑用からやります!」
「接客もしっかりやります!!」
「ケーキが作りたいです!!!」
「ここのお菓子が大好きです!!!!」
ふざけてるようでは無いみたい。
3つ年下だという彼の目はやる気に満ちていた。
高校生の頃の自分を思い出した私。
男の子か…
色々やりにくいかもしれないけど、割とイケメンだし爽やかだし、女性のお客さまにウケがいいかも?
接客販売してもらえるだけでも助かるなぁ。
そんな、だいぶ軽い気持ちで、
「分かった。とりあえずは販売メインでってことで良ければ…」って言っちゃった。
「ホントですか!!やったー」
「オレ、メチャクチャがんばります!」
あまり張り切り過ぎるのも、息切れしちゃいそうで心配だけどね。
彼は毎日とても明るく意欲的で真面目に仕事をこなしていた。
たまに張り切りすぎて空回りしてる感が…
そしてスイーツ好きはホンモノみたい。
この前、余ったシュークリームを持って帰っていいよ!って言うと、
「今食べてもいいですか?オレ腹減っちゃって」
その場で口を大きく開けてかぶりついた。
口の周りにカスタードクリームつけながら、
「やっぱ、美味しい!たまんないなぁ〜」
ってニコニコしながら食べてた。
接客も、人懐っこさと笑顔を振りまいて、私の思惑通り女性のお客さまにウケていた。
オバサマたちの心を掴むのがウマい!
そうだよね〜、私もコンビニの店員さんが、かわいい男の子だとちょっとテンション上がっちゃうかも?
みんなそんなもんだよ!
「あの〜、ついついお客さんと世間話で盛り上がっちゃうんですけど良くないですか?お客さんに色々聞かれることも多くて」
「全然良いよ!むしろ大歓迎。接客ってそういうもんよ」
「ですよね!実家が中華屋なんで、ついそんなノリでお客さんと話し込んじゃって」
色々聞かれる、か。
この前私との「関係」を聞かれてたね。
接客の経験あるっていうのは、どうも実家の中華屋さんのことみたい。
どうして中華料理屋さんじゃなくて、ウチで働きたいんだろ?
素直で優しい人当たりと、笑顔いっぱいの接客は本当にお客さんに喜ばれていた。
私的には充分合格点だった。
お菓子作りも
「補助をさせて下さい!」
って言うのだけどまずは洗い物から。
「ボールも鉄板も大きくて重くて、コレ女の人には大変ですよね!!」
「洋菓子屋は体力仕事。家でお菓子作りするのとは訳が違う。だから辞めちゃう女の子多いんだよね〜」
40cm×55cmの鉄板は、お菓子が乗っかると余計に重たい。
あ、マドレーヌが焼けた!
鉄板の上には、マドレーヌ型が20コ。
手袋をはめてオーブンから出そうとすると、背後から手が出てきて鉄板を掴んだ。
「オレ出しますよ!」
すぐ後ろで声がしてドキッとした。
何でもないフリをして、
「そう?じゃぁお願いしようか」
と言ってオーブンの正面の場所を彼に譲った。
「あ〜いい匂い!オレ◯◯さんの焼くマドレーヌ大好きなんですよ〜。焼き上がりの瞬間見られるとか最高です!」
って嬉しそうにしながら、軽々と鉄板を持つ彼。
大好きっていう言葉とその幸せそうな顔に何だか照れくさい。
そして、修行時代にはまず受ける事のなかった気遣いに、「女の子として扱われた」ことに気づく私。
これまでもずっと、下の名前で◯◯さんて呼ばれてたのに、何だか違って聞こえたのはなぜだろう…
彼に販売を任せられるようになって、私はケーキ作りに集中することが出来た。
あの日、1週間ずっと新作ケーキのアイデアがまとまらず、何度も試作するけど納得いかずイライラしていた。
「小麦粉倉庫から出しておいてって言ったよね?」
「はい!すぐ持ってきます、すいません!!」
彼にもキツい口調であたっているのはもちろん自覚があった。
彼は25㎏の小麦粉の袋を小走りで抱えて戻ってきた。少し息があがっていた。
男の人でも25㎏は重いと思う。
「ここ、置いておきます!あ、お客さんだ」
「いらっしゃいませ!!」
彼の元気いっぱいの声でお店の中がシャキっとする。
彼にイライラをぶつけるなんて、ホント私って最低。
あ〜も〜自己嫌悪でしかない…
これ以上、イライラを彼にぶつけてしまう自分を許せないと思った。
厨房の中の片付けをしようとする彼に
「今日はもう上がっていいよ。新作ケーキ仕上げちゃって、まとめて片付けて帰るから。お疲れさま!」
彼が一瞬淋しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
なんでそんな顔するの?って思ったけど、
すぐにいつもの笑顔で
「分かりました。お疲れさまです!」
と言って帰って行った。
元々はいつも、ずっと、お店の中ってこんな風に静かだったんだっけ?
そうだね。
少し前まではこんな静かだったんだ。
一人きりのお店の空気に違和感を感じるようになっちゃった。
はぁー。もうこんな時間?
1時間半ぐらい経ってる。
やっぱり上手くいかない。
今日もダメか…
一旦諦めてっていうか、忘れた方がいいかもね。
もう帰ろう。
今日は最低だったな。
こんな余裕のない気持ちだから、ケーキも上手く行かないんだ。
なんて思いながらお店を出ると…
1時間半前に帰ったはずの彼が、ヘルメットを2つ抱えて、バイクにもたれかかっていた。
とっさに声が出ないくらいびっくりした。
「ど、どうしたの…?」
いたずらっぽく笑った彼は、私にヘルメットの1つを差し出して、
「気晴らし必要でしょ?さっさと被って!」
そう言って彼は自分のヘルメットを被りバイクにまたがった。
私は手にしたヘルメットを眺めていた。
まっさらみたい…。
気のせい?
これを被ってバイクの、そのアナタの座ってる後ろのスペースに乗れってことだよね?
「もしかしてバイク初めて?あ、全然怖くないから。ちゃんと後ろに持つところもあるし、足はここが置き場。ゆっくり走るから大丈夫!」
バイクなんてもちろん乗ったことない。
持つところ?
良くドラマで見るような、腰にしがみつくんだよね?って思ってた自分に、何考えてんだろって笑えてきた。
「オレ、変なこと言った?なんで笑ってるの?」
「ううん?何でもない。ていうかタメ口…」
「だって、今プライベートな時間だから」
プライベートって…
プライベートで私にバイクの後ろに乗れって言ってるの?
「早く乗りなよ。気分がスカーってするから!」
どうしてタメ口で早く乗って!なんて言われてるんだろ…
まぁいっか!
私はヘルメットを被り、バイクにまたがった。
「片方の手は後ろの金具の所掴んで、もう片方の手はオレの服のココ掴んで」
あ、ジャケットの裾を掴むんだ。
いざ乗ってみると、ちょっと怖かった。
ほんの100メートル進んだくらいで、バイクを止めた彼。
エンジンをかけたまま、ヘルメットを被ったままで私の方を振り返って、
「危なっかしくて気になって運転しにくいんだよね」
言われた所を掴んでるけど、何かダメなの?って思っていると、
彼の右手に捕まれた私の右手と、
彼の左手に捕まれた私の左手は、
グイッと彼のお腹の前まで引っ張られた。
突然両手を前に引っばられた私は、
前のめりになって、必然的に彼と密着する。
「自分の手をしっかり組んでて」
結局、私が想像したテレビドラマと同じ姿。
腰にしがみつくというか、ぐるっと彼の腰を抱え込んだ状態で、バイクは再び走り出した。
見た目通りの華奢な身体。
お腹の硬い腹筋を腕に感じながら。
もう観念して、私は身体を彼の背中に預けた。
少しひんやりした、夜の風が気持ちいい。
気持ちいいのは風だけ?
彼の身体にまわした腕に、ほんのちょっと力を入れて、ギュッとしてみた。
"パートナー"は仕事だけじゃ収まらないみたい……|
おしまい
パティシエールの相棒 ぽちこ @po-chi-ko
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