第8話 祖父
「ここは…?」
気がつくと、そこは緑に囲まれた龍乃神社の末社の前で、体には包帯が巻かれ、どうやら何者かが治療してくれたようだ。
「大丈夫ですか?」
そう言って心配するような顔で、目の前に座っていたのは龍野天音だった。
「その勾玉、すごい魔力を感じます。たぶん、洗脳するためのもの」
どうやら勾玉の力で翔斗は洗脳されていたようだ。
「家まで送って行きます。横に乗って下さい。」
翔斗はありがとうと言い、勾玉を踏み砕き、龍野天音の車の助手席に同乗した。
噛まれた肩が痛むが、なぜあの場所で自分を治療出来る包帯やらがあったのか、翔斗は少し疑問を感じていた。
車は翔斗の自宅に到着し、送ってくれたことにお礼を言っていると、その声を聞いてか、母が玄関から出てきた。
龍野天音は母に自己紹介をすると、お茶でも飲んで行くようにと言い、彼女は翔斗宅に招かれる事になった。
母が翔斗の肩を見て心配そうに話しかける。
「翔斗、あんた肩どうしたんだい?」
翔斗はなんて答えれば良いのか頭の中で事態を整理していると、点けられていたテレビから、病院から大量に現れた人食い百足が辺りの街で人間を捕食し、自衛隊や警察が緊急出動し、戦闘になっているというニュースが報道されていた。
「この病院って真美ちゃんが入院してた所だよね? あんたのその傷ももしかして? 真美ちゃんはどうなったんだい?」
翔斗はただ俯いたまま黙っていると、龍野天音が口を開いた。
「あの時、息子さんは病院にいました。私はあの病院の看護師で、人喰い百足が現れた院内で、一緒に脱出してきたんです。息子さんの怪我は病院でではないですが百足に噛まれたものです。手当ては私がしました」
「そうだったんだね。ありがとうね。天音ちゃんだったね」
母と天音が話していると、翔斗も口を開いた。
「真美は……死んだ……」
翔斗は涙を流しながら言葉にした。
母は椅子から立ち上がると、リビングから出ていき、どこかに行ってしまった。
数分して、母がリビングに戻ってくると、両手に四角い木箱と、女性用の衣服を抱えていた。
「天音ちゃん、白衣だと何かと目立つでしょ。これ翔斗の妹の服なんだけど、良かったら着な」
「ありがとうごさいます。初対面の私なんかのために」
「良いって良いって。気にしなくて。着替え、隣の部屋使ってくれていいから」
そう言われ天音はリビングを出て行き、隣の部屋へと移動した。
「それから翔斗、あんたにはこれ」
「何これ?」
母が翔斗に差し出したのは、すごく年季の入った木箱だった。
翔斗はその木箱の蓋を開け、中身を見てみると、そこには百足からもらった勾玉とそっくりな勾玉と、小太刀が入っていた。
その両方を手に取ると、箱の底には何か手紙らしきものが入っていた。
「母さんの父さん、つまりあんたのおじいちゃんは神職者でね、生前、龍乃神社ってとこで宮司をやっていてね、亡くなる前に、世に化け物が現れたら、これを翔斗に渡すようにって言われてたんだよ。 化け物なんて、じいさんボケてきたのかと思ってたけど、本当の事だったんだね」
「龍乃神社の……そういえば、今思い出したんだけど、母さんの旧姓は龍乃だったよね?」
「そうだよ。そういやあんたはじいさんに似て、子供の頃は見えないものが見えるとか言うてたっけねぇ」
「僕にそんな力が……」
翔斗は祖父の手紙を開き、読もうとすると、ちょうど天音が着替えを終え、リビングに戻ってきた。
妹の服ではあるが、私服の天音は、白衣よりも可愛く思わせる感じであった。
翔斗は再び手紙を手に取った。
龍乃神社は龍神を祀る神社で、龍乃家は龍神を守る役目を持った家系だと言う事。
大昔より、どこからか現れる龍神の天敵である大百足を、龍乃家の者が退治してきた事。
その代わりに、天候を操れる龍神は、村の作物を必ず豊作にし、自然災害からも守ってくれているのだという。
これから先、もしも大百足が再び世に放たれたなら、その刀で滅してほしいと。
そして、龍乃神社の裏山で、その勾玉を天に翳せば、異世界への扉が開くのだと。
手紙を読み終えると、翔斗は何かとんでもないことに巻き込まれている事を実感し、少し体が震えてきた。
母と天音が翔斗を心配そうに見ているが、翔斗はどうすれば良いのか分からずに悩んでいると、天音が口を開いた。
「私も一緒に行きます。翔斗さんが今は無くしている力、私は持ってるんです。だから役に立てると思うから」
「どうして…… どうして会ったばかりの僕に力を貸してくれるの?」
「人を助けるのに、理由はいらないでしょ。それに放っておいても、もう百足たちは繁殖して次々と人が襲われてるんだから、どうにかしないと、みんな食べられちゃいますしね」
「分かった。行こう。僕に何が出来るか分からないけど」
翔斗と天音が立ち上がると、母が呼び止めた。
「手紙の一番下にまだ書いてるよ」
母にそう言われると、もう一度手紙を手に取り、よく見てみると、たしかに一番下のまだ何か書かれていた。
【弱さを知ってるからこそ、強くなれる】
翔斗は正直、自信がなかった。 気が弱く、元いじめられっ子で、そんな自分に何が出来るのか、すぐに逃げたくなるんじゃないか、そんな事を考えていたが、この言葉を見て、少し勇気が湧いた。
「ねぇ、母さん、じいちゃんってどんな人だったの?」
「弱きを助け、強気を挫く。そんなカッコいい人で、母さんの自慢の英雄だったよ」
「そっか」
翔斗は満足げに笑みを浮かべ、天音に共に家を出て、龍乃神社に向かった。
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