第6話 病院

 ギチギチギチギチギチギチギチギチ

 病室から不気味な異様な音が鳴り響いている。

 しかも今度は一つの音ではなく、複数の音のようにも聞こえ、翔斗は巫女の言っていた、卵から孵化する400から500匹の百足ではないかという考えが頭に過ぎっていた。

 本当に数百の百足がいたらどうしようと考えながらも、恐る恐るドアをゆっくりと開けたその先の侯景はあまりにも驚愕で、翔斗はその場であまりの恐怖に座り込んでしまった。

 病室の隅から隅まで、30センチくらいの赤黒い百足で埋め尽くされ、僅かに見える真美の寝ているはずのベッドには、腹を内側から食い破られ絶命している真美の姿があり、その周りには今も百足に捕食されている真美の両親や看護師や医師らしき死体も見える。 

 翔斗は嘔吐しそうになり、両手で口を抑え、耐えようとするが、抑えきれずその場に吐き出した。

 百足たちは嘔吐している翔斗の呻き声に気付き、一斉に翔斗の方を凝視しだした。

 喰われる、そう思えた翔斗は震える足に無理矢理に力を入れ、立ち上がり、そして病室から逃げるように全速力で走り出した。

 助けて‼︎ 誰か‼︎ そう叫びながらひたすら走り続ける翔斗。

 途中、すれ違う医師や看護師が妙な目でこちらを見ている。

 後方からは何人もの人の悲鳴が響き渡り、何かが潰れるような音が聞こえるが、想像が出来たため、振り返らず、翔斗はただ必死に走り続けた。

 階段を全速力で下り、最後五段くらいは飛び降り、走り続け、病院のロビーまで辿り着いた時、玄関の扉を塞ぐように、なんと健也が立っていた。

 おそらくこの前の大百足だろう。

 前方に大百足の健也と後方には子百足の群れ、絶体絶命の危機に瀕して、翔斗は巫女の言葉を思い出し、巫女からもらった勾玉をポケットから取り出し強く握りしめ、助けてと念じたが、巫女が現れる気配すらなかった。

 ジリジリと迫りくる健也、背後からは数百の百足の不気味な異様な音と、襲われているであろう人達の悲鳴が聞こえる。

 もう喰われる、そう観念したその時、何者かに腕を引っ張られた。

 白衣を着た看護師で、肩までくらいの髪を後ろで束ね、目は大きく、ハッキリとした二重で、少し丸顔、美人というより可愛い感じだ。

 翔斗はこの看護師をどこかで見た事があると思ったが、今はそれどころではない。

 看護師はこっちへと言い、翔斗の手を引き、ロビーの横の通路に走り出し、そこには病院の裏口があり、そこから外に脱出する事に成功した。

 ハァハァと息を荒立てる二人は顔を見合わせ、翔斗は彼女が誰なのかに気付いた。

「キミは昨日の事故の時の」

「はい。昨日は出勤に遅刻しそうで慌てていて、すみませんでした、」

「それにしても、大変な事になったね、病院が百足に乗っ取られるなんて……」

「はい、私も何がなんだか分からなくて。何か知ってるんですか?玄関にいた男性を知ってるみたいでしたよね?それにあの人は人間じゃない」

「なぜ人間じゃないと分からんですか?」

「私、子供の頃から、他の人には見えないものが見えるんです。そのせいで子供の頃はよく怯えていました」

「たしか、龍野さん……でしたよね?」

「はい。覚えていてくれたんですね」

「とりあえず今はここから離れましょう。僕は行きたいところがありますので、龍野さんは助けてくれたお礼に家まで送ります」

「私は一人で大丈夫。高井さん、気をつけて。」

 そう言って翔斗は看護師と別れ、一人で巫女に会うべく神社に向かおうと思ったが、自分の車が壊れている事を思い出し、どうしようかと頭を抱えていると、後方からクラクションが聞こえた。

 それはさっき別れたばかりの看護師だった。

「送って行きますよ」

 翔斗はその言葉に素直に甘えることにし、龍乃神社まで送ってくれるようお願いした。

 道中、車内では沈黙が続き、翔斗はなぜ神社なのかと聞かれたらどう答えようか悩んでいた。

 いかに人に見えないものが見える人でも、大百足と戦う巫女なんて信じられないだろうし、自分との関係を聞かれると返答に困るからでもある。

 まもなく、二人は龍乃神社の前に到着した。

「龍野さん、ありがとうございます。ここからは一人で大丈夫です。気をつけて帰宅して下さいね」

「気をつけて下さい。さっきの百足、どこにいるかわかりませんし」

 翔斗はコクリと頷き、一人、神社の鳥居を潜り境内に入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る