第3話 化け物

 10メートル以上の大百足はギチギチギチギチと異様な音を鳴らしながら、こちらを見ているようだ。

 あの不気味で異様な音の正体は、この大百足だった。

 翔斗はあまりの驚きに腰を抜かし、身動きがとれない。

 大百足は、ゆっくりゆっくりと気味の悪い音を鳴らしながら何十本もの足を動かし、翔斗に近付いてくる。

 大百足の顔が、翔太の顔の数センチまで近寄り、不気味な異様な音を鳴らしている。

 もう駄目だ。観念したその時、翔斗の背後から眩ゆい光が大百足に向かい照射される。

 その光を浴びた大百足は、教室の中を滅茶苦茶に引っ掻き回し、暴れ回っている。

 翔斗は何やら背後に気配を感じ、振り返ってみると、そこには昼間、神社で出会った巫女が立っていた。

 巫女はしゃがみ、翔斗と目線を合わせ、肩を軽く叩き囁く。

「もう、大丈夫」

 翔斗は混乱状態で何をどうしたら良いのかも分からず、そして状況を飲み込めず、オロオロとしていたが、巫女が翔斗の手を引き、教室から脱出し、全速力で走りだした。

 後方では、教室で荒れ狂う大百足の不気味な音と、部屋が破壊される激しい音が鳴り響いている。

 校舎内の玄関、靴箱辺りまで到着した時、巫女は懐からお札らしきものを取り出し、それを出入り口のドアに貼ると、少し距離をとり、右手の人差し指と中指を立て、左手でその右手の指を掴み、左手も人差し指と中指を立てる。

「解」

 巫女がその言葉を発すると、入り口に稲妻のような静電気のような青白い光が発せられ、扉が開いた。

「行きましょう」

 翔斗はただ黙って頷いた。

 校舎から出ると、夜明けが近づいているのか、空が薄明るくなりつつあった。

 背後でガラスの割れる音が鳴ったと思うと、大百足が校庭に飛び出し、こちらに向かい、一直線に襲い掛かってくる。

 巫女はまた胸元に手を入れお札をとりだした。

 それを大百足目掛けて投げると、お札は大百足の目に貼りついた。

「滅‼︎」

 巫女がその言葉を発すると、大百足の目が破裂し、身体中から紫の体液を吹き出しながら、泡となり消えていった。

 翔斗はガタガタと体中を震わせながら、巫女のほうを見る。

「いったい……これって?」

 巫女は人差し指を立て、しーっと静かにするように翔斗に言った。

「百足はつがいなんです。もう一匹も近くにいるはすです」

 翔斗ー

 大きな声が辺り一帯に響き渡る。

 百足となり、消滅したはずの健也が屋上で叫んでいる。

「どうして?今さっき倒されたはずじゃ?」

 巫女が翔斗の肩に手を置く。

「だから行ったでしょ。百足はつがいだって」

 屋上の健也が大声で叫びだした。

「翔斗〜、お前は俺を裏切った。俺を見捨てた。許せねー。思い出せ、10年前を。お前が俺に何をしたのかを。」

 そう言うと健也は姿を消した。

 翔斗は何のことだか分からず、困惑していた。

「百足は、人を喰らいます。それも負の感情に染まりきった人間を好むのです。なので、あの手この手であなたを絶望させようとしてきたのです」

 たしかにあの時、過去の自分自身を見て、翔斗は絶望感に苛まされていたかもしれない。

 翔斗はなんとか気持ちを落ち着かせようと深呼吸をし、そして巫女に問いはじめた。

「なぜ、健也の姿を……? それも10年前の消えた時のままで…… それになぜ僕が狙われる? それに父さんが百足に……」

「百足は喰らった人間に擬態が出来るのです。そしてその人間の記憶も引き継ぎます。 あなたのお友達の健也さんは、10年前に先程のつがいの百足に喰らわれた。そしてその彼の記憶に残るあなたを狙った。美味しく頂くために、過去の記憶の幻まで見せて。」

「健也が……すでに10年前に喰われていたっていうのか…… いったいいつ? 僕が神社に行った時には真美が倒れていただけで健也の姿はなかったはずだ」

 朝日が昇り、校庭がオレンジ色に照らしだされ、その陽の光が巫女を照らす。

 何か伝えたそうな、そんな顔をし、翔斗の顔を直視している巫女はとても悲しそうにも見える。

「翔斗さん、今度こそこれを受け取って下さい」

 巫女は初めて出会った時に渡そうとしていた勾玉を再び翔斗に差し出した。

「それはいったい?」

「おまもりです。きっとあなたを導いてくれます。どうか肌身離さず持っていて下さい」

 翔斗はコクリと頷き、勾玉を巫女の手から受けとったとき、巫女の温かな手の温もりが身体中に伝わり、一瞬ではあるが龍乃神社に参拝している健也と真美の姿が頭の中に浮かんだように思えた。

 今はそれが何んなのかは分からない。

 巫女は翔斗の頬に優しく手を添え、穏やかな笑顔を見せる。

 健也の言葉、裏切ったってなんの事だろう、そんな事を考えていると、なぜだか急に身体が重怠く、脱力感が襲い、気を失ってしまった。



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