牛丼


 久々に食べたくなるものには、大抵取るに足らない思い出がついてくる。私にとって牛丼がそうだった。


 駅ナカの牛丼チェーン店。レジから遠い壁側の席にすわる。最近流行りの曲が流れている。私が高校生のときよく聞いていた歌手は、5年が経った今も最前線で流行りを生み出している。


「すみません、牛丼並1つと、あー、味噌汁もお願いします」

「はい! 並1ミソでーす」


 スマートフォンを手に取る。明るい光の中、返事がないメッセージはやけに暗く見える。


 高校生のとき入っていた剣道部。帰りによく先輩や友達と、ここで牛丼を食べて帰った。そのあと家で遅い夕飯も平らげていたのだから、若さって怖い。


『やっぱり俺が悪かった』


 気持ち悪い。


『気づくのが遅すぎるんだよ。てか前の子と別れたんでしょ? それで私に連絡するとか魂胆が見え見えなんだよ。浅はか』


 昨日送ったメッセージは、自分でも思ったより長い文章になった。既読マークはあるが返答はそれきりだった。


 大学1年の秋から付き合っていた男は、「彼女」というものは運命的に存在すると勘違いしていた馬鹿野郎だった。


 運命と言ってもラブロマンス的なものじゃない。自分には彼女ができて当たり前、料理上手で気が利く人で、可愛いくて、ふわふわしてて。


 そのどれもに当てはまらないことを頑張って隠していた私のメッキは、しばらく付き合ううちに剥がれてしまった。そこからは彼に小言を言われ、浮気され、捨てられ。


「お待たせしました! 並と味噌汁です」


 店員に会釈をする。黒い箸をケースからとり、細切れの薄い牛肉を口に運ぶ。


『外食ばっかりの女って嫌だよな。もっと料理したりさ、その金をもっとメイクとかにつかえばいいのに』


 うっせぇバーカ。一生外食すんなよガリガリ骨男。


 幼稚な暴言を心中で吐き捨てる。自然と早食いになっていることに気付いて、箸を置いた。早食いは体によくないって、この間テレビで見て知ったばかりだった。


 いっそのことあいつ無しじゃ生きられない体だったらよかった。よくはないけど。


 あの野郎に浮気されてから随分と肩が軽くなった。


 私は自覚があるかまってちゃんだ。誰かに愛されてなきゃ終わりだと無意識のうちに思っていたけど、案外牛丼ひとつでご機嫌になれる生き物らしい。


 そんな私という生き物。今の自分は割と好きだったりする。口には出さないけど。








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