ミョウガの味噌汁
悪いことをしたら、鬼にミョウガで巻かれるぞ。鬼は人ひとり包めるほどのでっかいミョウガを持っていて、悪い子をくるくると巻いて食べてしまうんだ。
「今思えばバカみたいな昔話なんだけどね」
「面白いじゃん。ミョウガか。なんか別のじゃダメだったのかな」
「あぁ。包帯とか、芋がらとか」
芋がらって何? 彼がそう言うけど、私は「知らないならいいよ」で突っぱねてしまった。自分が当たり前のように使っている知識って、教えるのが一番難しい知識だったりする。
「俺は食べられちゃうかな? たばこも吸うし、パチンコ好きだし」
「それはどうかしら」
「美代ちゃんはちゃんと働いてんじゃん! いい子いい子!」
彼は私の頭をわしゃわしゃと撫でる。犬みたいな扱い方だ。この人だって犬みたいに金色の毛色で、人懐こいくせに。
ミョウガの鬼の話を親からされるたびに、幼い私は怯えたものだ。ミョウガの味噌汁は鼻水垂らして泣くほど苦手だったし、鬼の存在を考えるだけで眠れないほど臆病だった。
年下の彼とは、同棲して1カ月になる。まだ1カ月、されど1カ月。
「ミョウガの味噌汁飲みたくなっちゃった。急に」
大人になってようやくミョウガの味噌汁が好きになった。でも鬼とか、怖いものはいまだに苦手だったりする。幽霊も、雷も、急に怒鳴る元カレも、威圧的な年上の人も。私はいまだに臆病なまま、嫌な記憶の夢ばかり見る。
「美代ちゃん作ってよ」
「でもこういうのって、スーパー行ったら違うの食べたくなっちゃうのよね」
「じゃあ俺作る! ね?」
人懐っこく笑う彼はあまり怒らない。怒鳴りもしないし殴りもしないし、私が怖い夢を見て泣いているときは必ず手をつないで、隣で寝てくれる。この1カ月で一番うれしかったこと。
「スーパースーパー、今日も明日もスーパー。美代ちゃんと一緒にスーパー」
「なぁにその歌」
ミョウガをもっと好きになれる気がする。彼となら。
「スーパー行くの好きになったんだよね。美代ちゃんと暮らし始めてから」
なんてね。
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