もうゼリーは食べない
小学校高学年まで、私はカブトムシだった。
『ちょっとりなちゃん、ゼリー残しちゃダメでしょ』
クラスの中心にいたクソ女に、よくゼリーを食わされた。ゼリーというほどでもない、ただの樹液。
桜だかなんだか分からないゴツゴツといかつい木に、べっとりとゼリー状の蜜があった。口を無理やり開けられ、喉に放り込まれる。むせても笑われ、吐いても笑われ。ジャングルジムの真下で吐いてしまったときは、『ジャングルジム弁償しなよ』なんて言われて、不安になって家に帰って大泣きした。
「春になるたびに思い出すの。変だよね」
夜のレストランでするような話じゃなかった。ごめんと軽く謝ると、純ちゃんは水の入ったグラスを音を立てて置く。
「それトラウマになってんだよ! ナツにそんなことしやがって、マジむかつく。田舎のガキって頭いかれてんの? 通報ものじゃん」
「地方の狭い世界にいるとわかんないんだよ。自分の身の程って」
「それでそのまま大人になるやつもいるわけでしょ? 化け物かよ。怖すぎ。マジで東京に来てよかったね」
「私もこっちに来てから1万回くらい思ってる。純ちゃんにも出会えたし」
純ちゃんは「なにそれ」と小さく笑って、追加のデザートを選びはじめた。照れてるとき、彼女はすぐに話題を変えようとする。
「私このプレート頼もっかな」
「じゃあ私、この季節のタルトで」
「オッケー。すいませーん」
あれ以来、ゼリーを見るだけで吐きそうになるの。私。
グラスのシャンパンに口をつける。純ちゃんに言わないだけで、この件についてはたくさん言いたいことがある。でも言わない。SNSで見る結婚報告と、同時に発生する妊娠報告と、こいつらまだ生きてたのかってくらいぞろぞろ湧く、いじめてきた奴らのコメントも。
「もう一杯頼もうかな」
「飲も飲も! ナツの結婚祝いなんだから」
お元気ですか? 元気だったら死んでください。かつてカブトムシだった私は、あんたたちが一生行けないようなホテルで、東京で、楽しくディナーを食べています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます