第9話、情景描写の書き方

 まず、最初に・・ 風景描写と情景描写は、違います。


 これは、私だけの持論では無く、ディレクター時代にした、とある著名な作家さんとのインタビュー対話での結論です。


 風景描写とは、風景のみの描写であり、文面からは、どことなく冷静さが感じられ、何となく素人っぽい雰囲気にもなります。

 下記に例文を挙げてみましょう。


『 山肌を渡る風は冷たく、少し、樹々を揺らせた 』


 ある意味、純文学的な感じ・・ とでも言いましょうか、最近、あまりお目に掛からなくなった古いカンジの雰囲気です。

 では、同じ文章を、情景描写としてリライトしてみます。


『 山肌を、寂し気に渡る風は冷たく、静かに樹々を揺らせた 』


 ・・ナンじゃ、そら? って感じかもしれませんが、要するに、心情にあたる描写を、比喩的に描写する事にあります。

 実際、『 寂し気に渡る 』とは、一体どんな様子なのでしょう?

 人により、感受性は違うと思いますので、様々な『 寂し気 』がある事かと。 『 静かに 』も然り・・・

 つまりは、読者の方々に『 考えながら 』・『 想像しながら 』読んで頂く事に、大きな主旨があるのです。


 ただ、『 書く 』のではなく、『 表現 』・・・


 これにより、退屈な文章からの脱却が望めます。 読者の方々も、何となく読み飛ばしてしまう事無く、風景を認識しながら読み進められる為、物語が展開されている風景を確実に把握する事が出来るのです。

 これが、『 情景描写 』です。

 インタビュー対話させて頂いた作家さんも言っておられましたが、情景描写なる表現法は、小説創作の中では、近年の技法であるとの事でした。


 さて、前章でも触れました『 状況描写 』と同じく、情景描写にも、読者の方々が同じ位置に立てるように、と言う究極の任務があります。

 つまり、読み手側が、同じ風景を想像出来るように書かなくてはなりません。 全く違う風景を想像していたのでは、その後のストーリー展開に支障が出てしまいますからね。 情景描写は、ほとんどの場合、状況描写の前に書かれる為、その役目は、特に重要であるとも言えるでしょう。


 以下に、ある程度のボリュームを持った例文を用意しました。

 この文章は、講師時代、実際に『 創作 』の授業で使用したものです。


 夕焼けに染まる空。

 遠くに見える山の稜線が、影となっている。

 川に掛かっている橋を渡りながら、里美は言った。

「 もう、夏も終わりね・・・ 」


 この文章は、大変に簡潔で、景色も分かり易いかと思います。

 しかし、この情景描写を読んだ読者は、はたして、同じ景色を想像出来たでしょうか?

 結果、生徒たちの想像した景色はバラバラでした。


 まず、1行目の『 夕焼けに染まる空 』から精査してみましょう。

 夕焼けは、誰にも想像出来る為、ある程度の景色は統一出来ます。 しかし、雲の有無・・そのカタチ等は、全く持って不明瞭です。

 また、夕日が、あるのかどうか・・ 雲、あるいは地平線・山の稜線に入って間もなく、明りだけが残っている状態なのか? 等も、この描写からでは分かりません。


 2行目。

 山の稜線は、どんな影なのか? です。

 薄く見えるのか、はたまた、黒くクッキリと見えるのか?


 3行目。

 橋は、木製? 鉄製? コンクリート製?

 更には、どんな川なのでしょうか。 小川なのか、河川敷があるような、比較的に大きな川なのか・・・

 この例文の中では、この3行目のくだりが一番、生徒たちの想像した景色にズレがありました。 ほとんどの生徒が、山麓に流れる小川、もしくは郊外地にある川に掛かっている橋を想像していましたが、1クラス15人中、2人程、片側2車線の舗装道路で、歩道が設置されている国道のような、大きな幹線道路に掛かる橋を想像した生徒がいました。

 山間部の小川に掛かる橋と、車の往来が多い市街地にある川に掛かる橋・・・

 ストーリー展開の中で、これだけ舞台風景が違うとなると、かなり問題となります。 また、山間部の川に掛かる橋を想像した生徒たちの橋も、木製・コンクリート製と、まちまちでした。 中には、これまた異質的にも『 吊り橋 』を想像した生徒が1人、いました。


 人の創造性は、人それぞれ。 また、見た事のある景色も様々です。

 情景描写は、確実に物語りの舞台を、読者の方々に伝えなければなりません。 これについても、説明的にはならないよう、注意して下さい。

 では、上記の例文をアレンジしてみましょう。


 遠く、山々の稜線が淡い藤色の影となり、黄昏に染まる空を縁どっている。

 やや、西に傾いた夕日は、刹那に赤く、その空にあった。

 せせらぎに掛かる小さな木橋を、ゆっくりと歩きながら渡る、里美。

 夕日の茜色を、その頬に映し、西の空を仰ぎ見ると、静かに呟いた。

「 もう、夏も終わりね・・・ 」


 これは、あくまで、私なりに考察した創作文です。 私に、もっと文才があれば、これだけのボリュームでも、充分に感動し得る文章を書く事が出来るかもしれませんが、私の『 本職 』とする処は、原作創作でして・・・ まあ、言い訳は、このくらいにて・・


 稚拙な文章ですが、何となくでも、お分かり頂けましたでしょうか?

 物語に登場する『 景色 』なるものは、創作者の頭の中には、当然にしてあるもの・・・ 当たり前のようにあるものを、あえて文章化するのは、実は、とても大変な作業です。 自身は、完璧に理解しているだけに、それを、わざわざ文章に『 置き換え 』なくてはならないのですから・・・ 更には、その景色を寸分違えず、『 他人に 』伝えなくてはなりません。


 ・・さて、何もストーリー設定が無されていない文章を書くのは、やはり説明的・稚拙的な仕上がりとなってしまいます。

 お恥ずかしい例文とはなりましたが、上記のアレンジされた情景描写から想像される風景は、人によっても、ほとんど、違いが無いかと思われます。

 宜しければ、参考にしてみて下さいね。


 では、情景描写を書くコツとは・・?

 まあ、色々な書き方があるかとは思いますが、私は、下記の事を実践しています。


『 映画を観ているように 』書く。


 カメラワークの、文章化です。

 映画を観ている時・・ すなわち、スクリーンを観ています。

 景色が映し出されたり、登場人物が動いていたりしますね。 それを、そのまま、文章にするのです。


 カメラ( 画面 )が、他の登場人物を捉えた時・・ 例えば、『 彼は、振り返った 』となります。

 カメラが、登場人物を映していて、次に、隣にいた人物を捉えた時・・ 例えば、『 彼は、隣の人物を見た 』となります。

 まあ、この場合、情景描写ではなく、状況描写になりますけどね・・・


 まず、頭の中に、映画のような映像を想像して下さい。 自身の作品が映像化されたような気分になり、結構、面白いですよ?

 その、想像した映像のカメラワークを、そのまま文章で『 トレース 』するのです。 少々、説明的になるかもしれませんが、土台としては良いので、まず作成してみましょう。 その後、前記した通り心理描写などを入れたり、比喩的に置き換えて校正して行くのです。

 意外に、スラスラと書けるようになりますよ?


 あと、異世界モノだけではなく、小説創作全般に関わる事ですが、『 数字 』についても触れておきます。


 小説の書き方に『 決まり 』は無くとも、『 セオリー 』が存在する事は、ご理解頂いていると思います。

 『 常識 』は、あくまで『 参考 』・『 意見 』・『 提案 』等として認識頂ければ良いのですが、小説創作に関してハッキリと「 その常識は、間違いです 」と否定される方は、作者の知的レベルを疑われる事になるやもしれませんので、ご注意を……


 さて、『 数字 』の記述についてですが、例えば『 1990年 』としましょう。 私は、この表記で問題無いと思います。

 これを、『 一九九〇年 』と記述されるのが正解だ、と言われる方がいらっしゃいます。 さすがに『 千九百九十年 』と書かれる方は、いないと思いますが……

 『 数一〇メートル 』や『 身長は百六五センチ 』等、この表記が正しいとの事。


 確かに、正解でしょう。

 しかし、書いている書式は『 横書き 』です。 …読み易いですか? コレ。


 新聞なら、そうなる事でしょうね。 小説も、元々は縦書きです。

 しかし、横書きの創作がほとんど、となった昨今、その定義が通用するとは到底、思えません。


 『 数十メートル 』もしくは、『 身長は165㎝ 』


 コレで、良いではありませんか。

 漢字に拘る意味が、良く分かりません。 マスターベーションの延長なのでは? とさえ、考えてしまいます。


 『 温故知新 』


 横書き・縦書きの見地からは、ある意味、外れてしまうかもしれませんが、この言葉の意味を知り、『 読む 』と言うシチュエーションを念頭に考え、判断・実行して欲しいと願う次第です。


 ちなみに、私は、創作した作品を保存する際、全て『 縦書き 』にして保管しています。

 句読点の校正が、主な狙いなのですが、とりあえずは、そのまま。 それ以上に、最優先的に校正しているのが『 数字 』です。

 全て、漢字に直し、新聞と同じ形態にして保存しています。

 その意図は、先記した通り『 小説は本来、縦書き 』だからです。


 縦書きに直し、自身の『 作品 』を眺めます。

 すると、横書きでは見えなかった『 文章構成 』の稚拙さを、垣間見る事が出来るのです。

 そこで、再度、文章を校正し、保存……

 まあ、最近は余暇も無く、中々に満足出来る『 最終校正 』は施せていませんが、数字の変換だけは、必ずやっています。


 空論的な知識の押し付けでは無く、『 読んでもらう為の 』現実的なアドバイスとしては、数字の表記は『 横書き 』を念頭に、読み易さを優先させて下さい、です。


 もう1つ、情景描写を書くにあたり、注意点を述べておきましょう。

 『 季節 』です。

 物語を創作するにあたり、風景や登場人物・ストーリー展開の設定も大切ですが、忘れてはならないのが、季節の設定です。

 意外と、問題視されていないんですよね・・・

 てか、全く設定されていない創作物も見受けられます。


 季節を設定しないと、登場人物の服装が設定出来ません。 また、季節ならではの食べ物や、行動・習慣・儀礼から祭事まで・・ 季節の表現は、情景だけではなく、状況描写にも深く影響して来ます。 逆を言えば、物語のテーマに関係が無くとも、『 読み物 』として、季節の描写は欲しいところです。 特に、日本は季節がありますので、全く季節の描写が無い長編物語には、読んでいて、どことなく違和感を感じるはずです。

 これも、当たり前のようにある感覚だけに、季節の描写は、意外と忘れがち・・

 注意して下さいね。



 さて、次章は、いよいよ締め括りと参ります。

 『 イイ気になっている方 』、お覚悟を・・・!

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