第6話 トオル「ねぇ、これ食べる?」
町に戻る道の途中。
道の真ん中で倒れる少女の姿が見えた。
それは、さっき、襲ってきた金髪のツインテールのムスメ。
「あっ! さっきの子だ!! アクマムスメってツバサ君が言ってたな。」
また襲われないようにすり足で近づくが、その心配は無いようだ。目を回して倒れている。
急いで通り抜けようとした思った。
ムスメの横を通り過ぎて、急いで駆けようとしたとき、「きゅー……」っとムスメの鳴き声が聞こえる。
とっさに後ろを振り返ってしまった。
さっきの衝撃か傷ついた姿が目に映る。
額から血がたれていた。
(……さっきの吹き飛ばされたからだよね。この子には襲われたけど、傷ついてるのにこのまま放置するのもなぁ……)
少し逡巡した後、恐る恐るムスメに近づき、怪我をしている場所を触ってみる。
髪の毛のさらさらとした感じ。
長いまつげ。まるで人形のような幼女。
ごくっ……
トオルは固唾を飲み込む。
恐る恐るほっぺたに指を押し当てる。
ぷにぷにとした感触。マシュマロのように弾力と柔らかさが心地よい。
「わぁ! 楽しい!! ムスメってこんな感じなんだ。」
トオルが飽きもせずに何度も触っていると、突然「んなぁっ!」っと声を上げてムスメが目を覚ます。
半開きのジト目でこちらを見ている。
「さっきのおす……」
「わわっ!!? やばっ!!」
襲われる――
自業自得なのだが、初めて見て触れたムスメという生き物に興味深々で夢中になってしまった。
トオルが目を瞑る。すると、『ぐー』っと腹の虫が声を上げる。
ゆっくりと目を開けると、ムスメはお腹を押さえて、前のめりに倒れていた。
「大丈夫!?」
トオルが声をかける。
「おす…… お腹すいた…… うぅ……」
「あわわ…… さすがに僕も食べられたくはないよ…… どうしよう……」
トオルはあわあわとしていた。
その時、帰りがけにツバサに貰った菓子パンを思い出す。
「ねぇ、これ食べる?」
そういって菓子パンの封を開けて、ムスメの前に差し出す。
きらきらと光る瞳で菓子パンをみつめると、猫のように鼻を近づけて匂いを確認する。
そのあと、ゆっくりと舌を近づける。
ぺろっと味を確認すると「おいしい! これおいしい!」
「よかった。ツバサ君にも感謝しないと。」と笑顔で応じる。
ムスメは菓子パンを手でつかむと持ち上げて小さい口にどんどん運ぶ。
大きなパンもすぐに無くなってしまった。
「どう? 元気でた?」
「うん! げんき!」
「あの、僕の事、襲わないよね……」
「おなか いっぱい! おそわないよ!」
そう言われて安堵の溜息をはく。トオルは、「ちょっとまってね。」と言葉をかけながらバッグに入れていた絆創膏を取り出して、ムスメの額に張り付ける。
「よしっ!」
ムスメは異物を張られて気になるのか手で額を擦る。
「そんなぐしぐししちゃ駄目だよ。」
「だめ?」
「少したってから剥がすんだよ。」
「わかった!」
「よかった。それじゃーね。ちゃんと林に戻るんだよ。あと、これからは人を襲っちゃだめだよ。」
ムスメはきょとんとした顔をしてこちらを向いている。
トオルが立ちさろうと、「おす、いいこ! ありがと!」と声が聞こえた。
(襲われなくて良かった…… でもやっぱりムスメって面白いなぁ)
トオルの小さな冒険が終わり、家に帰った。
母が作ってくれた甘いカレーが並んだ食卓に座りながら、僕は自分の将来について母に話し始めた。
「ねぇ、カーサン……」
「なに? トオル? どうしたのそんな真剣な顔で?」
「明日ね。ツバサ君とレイジが旅に出るんだって……」
「ツバサ君とレイジ君が旅にねぇ。」
「で、明日ね。ホンダさんの家に集まるって聞いたんだよ。だから、二人の見送りもしたいしホンダさんの家に行ってもいい?」
母は少し何かを思いふけった後、「トオルがホンダさんの家に行くのは駄目。そもそも面識ないでしょう? 絶対に駄目。お母さんは許しません。ツバサ君とレイジ君は村の出口でお見送りしましょう。」と告げる。
「なんでなのさ?」と正論に少し不機嫌目に言葉を返す。その言葉を聞いて母の顔に少し驚愕の表情が浮かぶ。
「トオルがムスメと関わるのが反対だから。ホンダさんと関わるのは禁止よ。」
「でも……」
「でもじゃないの。トオルは良い子だもの。お母さんのいう事を聞いてくれるわよね?」
「僕はホンダさんの家にいきたいんだ!!! 明日は絶対に行くからね!」
「トオル!!!」
この日、はじめて自分の意志を強く母を告げた。
母の叫び声に近い呼びかけを無視して、逃げるように自分の部屋に戻り布団に入る。
布団の中ではトオルの心臓の音がばくばくと大きな音を鳴らしていた。
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