126.朽ち果てた身体に残る

 麒麟の伝説は、古くから伝えられている。

 神々が跋扈した時代、ベルゼが魔王として君臨していた少し後。

 今から数えて、数百年以上前のことだ。

 魔王だったベルゼでさえ、肉体は朽ち果て、魂だけの存在となっている。

 それほどに長い年月を、生き物が形を保っていられるのだろうか。

 最初の疑問はそこだった。


 そして、疑問の答えは、目の前に横たわっている。

 目を閉じ、耳は腐り落ちていて、身体は三割くらいしか残っていない。

 なぜだか髭の部分だけが、神々しく光り輝いていた。

 生きているのか?

 死んでいるのか?

 この問いの答えは、おそらく後者だろう。


【神獣つっても、所詮はこの世の生き物だからな。まっ、こういうこともあるだろうよ】


「ああ……でも、凄いな」


【だな。こいつは朽ちて尚、ここで立ち続けてやがったんだ】


 麒麟を呼んだのは人々の願いだと言われている。

 それを聞いたときは、そんなことはないと疑った。 

 環境の変化に合ってとか、単なる偶然だと思ったんだ。

 だけど、今は少し信じても良いような気がしている。


「……髭、もらっても良いと思うか?」


【さーな。とってみればいいんじゃねーか?】


「そうだな。結界と同じ解釈でいいのなら」


 麒麟を覆っていた結界は、外部からの攻撃を防ぐための物だった。

 光と言う性質上、太陽やマグマの明るさすら、まっすぐには通らない。

 ただし、無条件に全てを弾いているわけでもない。

 もし無条件なら、空気だって入れないし、何より地面も押しつぶされるはずだ。

 おそらく麒麟の結界には、出入りする対象を区別できる何かが備わっている。

 俺はそれを敵意か悪意だと仮定して、無防備のまま歩み寄った。

 結果的に通れたわけだし、間違ってはいなかったようだ。


 俺は髭に手を伸ばす。

 揺れて光っている二本の髭、その片方に触れる。


「……温かい」


 日の光を浴びているような心地よさだ。

 ゆっくりと引き抜いてもぬくもりは消えない。

 光は弱まり、わずかな光を残す。


「これで目的は達したな」


【もう一本はいいのか?】


「ああ。必要なのは一本だけだ。それに――」


 片方でも残っていれば、結界は維持できるらしい。

 こいつの光が失われる最後まで、この場所に居続けてほしいと思う。


「初めてだよ。人間以外に、これほどの敬意を感じられたのは」


【そいつは良かったな】


 この時ふと思った。

 麒麟の結界が、何かを基準に対象を選んでいるとして、敵意や悪意ではないのかもしれない。

 もしもそうなら、魔王であるベルゼが平然と入れるだろうか?

 俺だって、敵意は向けなくとも、奥底で髭を奪いたいという目的はあったんだ。

 深く読み取れない程度のものだったのか。

 それとも、麒麟の意思みたいなものが残っていて、善悪を判断してくれていたのか。

 俺たちを認めてくれたから、通してくれたのかも……


 そんな自分勝手な考えが浮かんで、可笑しくて笑ってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る