125.真実の姿

 あらゆる手段、能力を駆使し、麒麟を攻撃した。

 麒麟は一歩も動かず、じっとこちらを見つめながら立っている。

 それだけで、それだけしかなかった。

 何一つ届かない。

 周囲の地形が変わりつつある中で、麒麟の立っている場所だけが変わらない。

 大海原にポツリと浮かんだ小島のように。


「はぁ……もう……何なんだよあれ!」


「キリエ、叫ぶと余計な体力使うぞ」


「だってさぁ~」


 気持ちはわかる。

 ここまで追い詰められるなんて、誰も予想していなかった。

 何より心にくるのは、奴が未だに一度も攻撃してこないということ。

 攻撃されていないのに、敗北感すら感じてしまう。

 舐めているのか、何かを待っているのか。

 理由はさておき、腹立たしいのは間違いないな。


【苦戦してんな~】


「ベルゼ……傍観者気取ってないで、何か対策でもないのか?」


【あん? 対策ならあるぜ? ここら辺一帯を更地にしてもいいならよ】


「いいわけないだろ」


【ほらな~ だーから黙ってんじゃねーかよ】


 ベルゼの諦めたような態度にカチンとくる。

 

「他に情報の一つもないのか? 仮にも最古魔王だろ」


【知らねーよ。あれは俺より後に誕生した奴だ。そもそも中が見えねーんじゃ対策も何もねぇだろ】


「そうなんだよなぁ……」


 麒麟の結界は、光を屈折させている。

 こうして見えている光景は、光の屈折で出来た虚像だ。

 ん、いや……ちょっと待てよ?

 あれが光の屈折だとしたら、本来の麒麟はどんな姿をしているんだ?

 そもそもとして、あの中にいるのか?

 見えていないから、俺の鑑定眼でも覗くことは出来ないけど……


「動かないんじゃなくて……動けないのだとしたら?」


【お、何かひらめいたか?】


「……ああ、単なる仮説だけどな」


 浮かび上がった考えをもとに、もう一度鑑定眼で麒麟を見る。

 やはり結界の情報は読み取れても、中までは見えない。

 確かめるためには、結界を超えなくてはならないようだ。


「皆、ここでじっとしててくれ」


「シンク?」


「どういう意味だよそれ」


「試したいことがあるんだ」


 そう言って、俺は麒麟へと視線を向ける。


「ベルゼ、いざって時のために準備だけしておいてくれ」


【おう! りょーかい】


 ベルゼはすでに、俺が試そうとしていることに気付いている。

 わかっていないのは、彼女たちだけ。

 だからこうして――


「ちょっ……」


「シンク!?」


 無防備に歩き出す俺に、驚きを隠せないでいた。

 俺はただまっすぐに歩く。

 無防備に、無警戒に、無造作に歩み寄る。

 俺の考えが正しければ、麒麟は攻撃してこない。

 俺の考えが正しければ、あの結界は敵意さえなければ素通り出来る。


 俺の考えが正しければ――


【……なるほどなぁ】


「やっぱり……」


 そういうことか、こういうことか。

 結界の中にいたのは、かつて麒麟だったもの。

 長い年月を経て朽ち果て、ボロボロに崩れ去る寸前の肉体。

 それがまだ、この地を守護するように力を発揮していた。

 麒麟は攻撃しなかったのではなく、出来なかったのだ。

 なぜなら、すでに死んでいるのだから。


 俺の考えは正しかった。

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