115.アステカ人

 ダンジョン最深部。

 場にそぐわない普通の扉の先には、こじんまりとした小さな部屋があった。

 黒ずんだ椅子と机に、埃まみれの本棚。

 明かりを灯すためのランタンは、ガラスが割れて使えなくなっていた。

 所々に生活感を感じられる部屋だ。


「ここが宝物庫……じゃなさそうだね」


「ごほっ! 埃ひどいな」


「大丈夫?」


 せき込むキリエの背中を、ユイがさすってあげている。

 扉を開けたわずかな風で、溜まっていた埃が舞ってしまったようだ。

 俺は口を抑えながら、本棚へ近寄る。

 埃を掃い、その中から一冊を取り出して広げてみる。


「……読めないな」


 書かれていた文字は、俺の知らない種類だった。

 まったく見たことがない。

 魔導書のときのように、鑑定眼を通して見れば、内容を理解できるだろうか。

 試そうとしたとき、ベルゼがぼそりと呟く。


【こいつは……そうか。そういうことかよ】

「どうしたんだ?」

【いや何、納得してたんだよ。道理で図抜けた技術ひけらけせてるわけだ】

「何を……もしかして、何かわかったのか?」

【まぁな。ここたぶん、アステカ人の遺跡だぜ】

「アステカ人?」


 聞いたことのない名前に、俺は首を傾げた。

 すると、ベルゼは少し間を開けてから、アステカ人について語りだす。


【アステカ人ってのはな? 大昔、オレが生きてた時代にほろんだ一族のことだ。いや、滅ぼされたが正しいか】


 ベルゼはさらに語る。

 今から何千年も昔。

 アステカ人という一族がいた。

 彼らは人間でありながら、魔族を超える魔法の才能を持ち、神々から多くの加護を受けていた。

 人数こそ少なかったが、生まれ持った才覚で魔法技術を発展させ、優れた文明を築いていたという。

 アステカ人は、人類の進歩に大きく貢献していたのだ。

 しかし、人類はそれを良しとしなかった。

 急速な文明の発展によって、アステカ人は強大な武力を持つことになった。

 それを危険と判断した周囲の国々は、結託して彼らを滅ぼそうと動き出す。

 アステカ人も抵抗したが、人数の差には勝てず、一族は皆殺しにされてしまった。

 その後、アステカ人の築き上げた文明は、歴史上からも消されてしまった。


【つー感じで、お前らが知らないのもそういう理由だぜ】


「なるほど……アステカ人か」


【ああ、そうそう。それで思い出したんだけどよぉ。お前のその眼も、確かアステカ人が持ってたのと同じだぜ】


「え、そうなのか?」


【おう】


 ベルゼの炎が揺らぎ、俺の心も同じく揺れる。

 アステカ人……彼らと同じ眼を、俺が持っている。

 それを知って、俺の頭で一つの可能性が浮かぶ。


「もしかして、アステカ人が俺の祖先だったりするのかな」


【かもしれねーな】


 ただそう思っただけだ。

 だけど少しだけ、自分のルーツに近づいた気がする。

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