96.覆う影、再び出会う

 翌日。

 重い瞼を擦りながら、懐中時計に目を向ける。


「七時……か。皆そろそろ起きてくれ」


 最初に起きた俺は、眠っている彼女たちに声をかける。

 ミレイナ、ミア、ユイが順番に目を覚ます。

 キリエはぐっすり眠っていて起きなかったから、軽く身体を揺する。


「うぅ……もう朝なの?」


「ああ、残念ながらもう朝だ。出発の準備をするぞ」


「はーい……ふぁ~」


 キリエはまだ眠そうだが、強引に準備を進めていく。

 というのも、今のタイミングで登山するほうが安全だからだ。

 洞穴から出れば、その理由は一目瞭然。

 昨日の時点で空を塞いでいた雲が、綺麗サッパリと消えている。


「安全に登るなら今しかない。さっそく出発するぞ」


 俺を先頭にして、四人が後に続く。

 昨日の晩に雪が降った所為か、新しい雪が降り積もっている。

 新しい雪は柔らかいから、踏みしめると深くまで沈む。

 天気こそ良いけど、昨日よりも足がとられやすくなったな。


「急ぐぞ。この天気がずっと続くとは限らないんだ」


「わかってるって」


「私たちは良いけど、ユイとミレイナさんは大丈夫?」


「……きついかも」


「わたしは何とか」


 前衛職二人は体力があって平気そうだけど、ユイは特に辛そうだ。

 さっきからペースを上げている影響だろう。


「無理そうなら言ってくれ。その時は俺がおぶるよ」


「えっ、ならあたしもきつい」


「元気そうだからキリエにおぶってもらってもいいぞ」


「考えておく」


「えぇ~」


 本当にキリエは大丈夫そうだな。

 俺もそれなりに鍛えているけど、彼女も密かに特訓をしているのかな。

 そんなことを考えながら登り、正午頃にようやく中腹を抜ける。

 ちょうどその頃から寒さが桁違いに強くなった。


「さ、寒すぎ……シンク今何度?」


「えっと……マイナス27℃だな」


「あーもう! そりゃー寒いよね」


 歩く速度が落ちていく。

 疲労ではなく、寒さで全身が悴んでいるからだ。

 寒さは身体能力を下げるだけじゃなくて、生命維持にも影響する。

 おそらく今の気温でじっとしていたら、二度と動けなくなるんじゃないかな。


 さらに二時間が経過する。

 徐々に空が近づいていることを実感して、ゴールが見え始める。

 体力的にも厳しくなっているが、何とか耐えている状態だ。


「あと少しだ……皆頑張れ」


 皆と言いながら、自分にも言い聞かせている。

 さすがの俺も手足が冷たくて上手く動かせなくなってきた。

 どこかで暖をとりたい気持ちを我慢しながら、まっすぐと頂上を目指す。


 ここで俺はふと思い出す。

 そういえば、山頂付近で奇妙な目撃証言があったな。

 かなり前の記事だったけど、確か――


 突然!

 俺たちを影が覆う。

 ここは山頂付近で雲の上だ。

 太陽の光を遮るものなんて何もないはず。

 だけど、実際に俺たちのいる場所に影が出来ている。

 その影は見覚えのある形をしていて、全員が瞬時に悟った。


「またか……」


 結晶のようにきらめく翼を広げ、堂々たる姿を見せる。

 ドラゴンとの邂逅は、これで二度目だぞ。

 俺は心の中で思う。


 勘弁してくれ。

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