86.また忘れてました

 翌朝。

 寝不足の目に注がれる朝日が、いつも以上に突き刺さる。

 机の上は色々と書いた紙と、素材が散らばっている。

 そういえば、昨日はシャワーも浴びていないな。


「うぅ~ まだ時間あるし、シャワーだけ浴びておこう」


 独り言を口にして、俺はシャワーへと入る。

 まだ寝ぼけていたこともあって、お湯じゃなく冷たい水を出してしまう。


「冷たっ!」


 これで一気に眠気が覚めた。

 シャワーから出た後は、テキパキと片づけをしつつ、出発の準備も整える。

 候補をまとめた用紙も大切にバッグに入れた。


「よし、行くぞベルゼ」


【おう。つーかシンク、今日こそ……やっぱいいや】


「何だって?」


【何でもねーよ。さっさと出ないと遅刻すんぞ】


 時計へ目を向ける。

 出発する時間はギリギリだった。

 俺は急いで宿屋を出て、早歩きでギルド会館へ向かう。


 ギルド会館に到着すると、四人が受付前に集まっていた。

 ドアを開けたベルの音に反応して、その場で振り向く。


「おまたせっ!」


「おっはよ~ シンクがギリギリなんて珍しいな」


「走ってきたみたいだけど、寝坊でもしたの?」


 ミアの質問に俺は首を横へ振る。


「ちょっとのんびりし過ぎただけだよ。というか――」


 ミアとキリエの表情を見る。

 二人とも、いつもの調子に戻っているようだが。

 キリエが話し出す。

 

「そりゃーいつまでも落ち込んでられないじゃん」


「そうだね。ちょっとまだ……思い出すと辛いけど」


 そう言いながらも笑顔を見せるミア。

 どうやら自力で復活出来たらしい。

 一先ず安心して、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「そんじゃまぁ、今日もクエスト選びにいこうぜ!」


「あー待ったキリエ」


「ん?」


「その前に話があるんだよ」


 俺はちょっとワクワクしながら話す。

 皆がどんな反応をするのか、楽しみだったから、早く伝えたいと思っていた。

 すると、自分の腰から声が聞こえる。


【おいシンク、お前また忘れてんだろ】


「あ――」


【あ、じゃねーよ。やっぱ宿出る前に言っとけばよかったぜ】


 ベルゼが呆れていることが伝わってくる。

 昨晩は色々と白熱して、ベルゼの紹介をすっかり忘れていたな。


「えーっと、一旦どこか座らないか?」


 俺の提案で、周りに人が少ないテーブルを選ぶ。

 そこで改めてミレイナに、ベルゼのことを話した。

 まぁ彼女もゴブリンロードとの決戦前に傍にいて、話は横で聞いていたから、知ってはいるはずなんだけど。

 実際に説明すると、やはり驚いていた。


「魔王……何だかスケールが大きすぎてどうすればいいのか。だけど、納得は出来ます」


【はぁ~ これで普通にしゃべれるぜ】


「いやいや、ここは人も多いし、なるべく小さく頼むぞ」


【っち、うるせーな~】


 ベルゼはふて腐れていた。

 何度も忘れられているし、申し訳ない気持ちはあるよ。

 それにしても、ちゃんと説明するまで黙っている辺り、ベルゼも素直な奴だと思ったな。

 本当に魔王なんて呼ばれていたんだろうか。

 過去にタイムスリップ出来るなら、ぜひ見てみたいものだ。

 

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