48.その正体は――

 漆黒の鎧はひび割れ、バラバラに砕けて落ちる。

 握っていた剣も離した直後に消滅した。

 部屋は静寂に包まれる。

 そんな中、キリエがぼそりと呟く。


「勝った……のか?」


「勝った……私たち勝ったんだよ!」


 喜び声を上げるミア。

 キリエも勝利を実感し、込みあがる嬉しさに浸る。

 俺とユイも安堵して、胸を撫で下ろしていた。


 しかし――


【汝らの強さ、しかと見届けた】


 聞き覚えのある声が響く。

 俺たちは一瞬にして現実に引き戻され、声のした方へと目を向ける。

 砕けた鎧はすでに消えかけている。

 そこから紫色の光が伸びて、不気味な炎を灯す。

 炎は揺らぎながら声を発する。


【なればこそ、次は我の全霊で応えよう】


「嘘だろ……」


「そんな……まだ戦えるの?」


 絶望の声色で口にした二人。

 やっとの思いで掴んだ勝利が、霞に撒かれたように消えていく。

 それでも嘆いている時間はない。

 俺は三人に指示を出す。


「みんな武器を――」


【なーんてな! かっかっか! さすがのオレも限界だ】


 その一言で緊張感が消える。

 突然の落差に呆然として、俺たちはしばらく黙り込む。

 それから我に返ったように、互いの顔を見合いながら確認する。


「えっ……」


「今の誰?」


【何言ってやがんだ? 目の前にいるだろうがよぉ】


「まさか……この炎?」


【さっきっからそー言ってるだろ? それにしても面白いなお前! オレに勝ったやつなんて何千年ぶりかわからねーぞ】


「何千?」


 俺は変化についていけずに混乱する。

 スケールの違う数字を言われたり、話し方が別人になったり。

 すぐに処理できそうにない情報が一気に入っていくる。

 それらすべてをまとめて、俺は一つの質問を口にする。


「お前は……何者なんだ?」


【かっ! 聞いて驚け人間ども! オレの名はベルゼビュート。遠い遠い昔……遥かな過去で魔王と呼ばれた男だ】


 炎は揺らぎながら名前を告げた。

 そして、魔王と言う単語を聞いて、俺たちは言葉を失う。

 魔王――魔族の王。

 数千年以上前に、悪魔や天使がこの世にいた時代。

 最強と呼ばれた存在の一つ。


「ま……おう?」


【そうだぜ! まっ、今は魂だけの成れの果てってやつだがな】


 ベルゼビュートは軽快に語り出す。


【肉体を失って数千年。魂だけになってからは、余生と思って色んな場所へ行ったぞ。このダンジョンは移動式でな? 俺の魂を格納する役割もあったんだ】


 ベルゼビュートはダンジョンを生み出し、各地を点々と移動していたらしい。

 目的は強者と戦うこと。

 戦っている最中に、強さという単語を口にしていたのはそういう理由だ。


「さっきと話し方が違うのは?」


【あれはテキトーに作ってただけだぜ。それっぽかっただろ?】


「えぇ……」


 話していくほどに気が抜けてしまう。

 こっちが本来の自分だと、ベルゼビュートは言っている。

 話し方から魔王らしさは感じられない。

 だけど、戦った直後なら、彼の力が圧倒的だと知っている。

 魔王という話も、あながち嘘ではないのかもしれない。


【ずっと待ってたんだぜ? お前たちみたいにオレを楽しませてくれる相手をよぉ。まったく骨のないやつらばっかりで飽き飽きしてたんだ】


「そ、そんな理由でダンジョンを作ったの?」


「スケールが馬鹿げてるだろ……ていうか馬鹿だろ」


【かっ! そう思われても仕方がねーな。こればっかりはオレにしかわからねぇよ……さて、お前らはオレに勝ったんだし、報酬をやらねぇーとな】


 ベルゼビュートがそう言うと、部屋の奥に新しい扉が出現する。

 地図にも載っていなかった新しい部屋だ。


【あの先に、オレが集めた宝物があるからよぉ。適当にもっていってくれ】


「いいのか?」


【それが勝者の権利だ。だが、その前に一つ相談してもいいか?】


「相談?」


【ああ。オレを一緒に連れ出してくれねぇーか?】


 ベルゼビュートからの提案に、俺は思わず一歩引く。


「えっ、何で?」


【もうダンジョンに篭るのも飽きちまったんだよ。お前らと一緒なら、退屈せずに済みそうだと思ってな。まぁただの勘だが……つーかお前らに拒否権はないぜ? ここを出たいなら、オレが出口をつくらねーと駄目だからな】


「そ、そうなのか……」


 本当に拒否権はないようだ。

 とは言え、拒否する理由も特にない。

 ベルゼビュートが仲間に加われば、今後の冒険でも助かる場面は増えそうだ。


「わかった。俺は皆がよければ良いよ」


「私は良いよ」


「あたしも良いぜ。何かおもしろそーだし」


「シンクがいいなら」


【だそうだぜ?】


「だったら決まりだな」


【よぉーし! オレのことはベルゼで構わねーからよぉ。これからよろしく頼むぜ】


「ああ」


 こうして激闘は終わり、新たな仲間を迎えた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る