20.黒竜襲来(追放側視点)

 その全長はワイバーンの約二十倍。

 天を裂き、地を呑む化け物。

 小さき存在である人間にとって、かの者は大災害に等しい。

 

 ドラゴン――


 数々の伝説に登場し、英雄の前に聳え立つ大きな壁として描かれている。

 真なる英雄として名を馳せるために、天が与えた試練ともされる。

 並みの戦士では、目の前に立つことすらままならない。

 資格なき者が立ってしまえば、待っているのは死と言う残酷な未来だけだ。

 故に誰もが恐れ、相見える機会を望まない。


 そんな伝説でしかなかった存在が――


 今、彼らの目の前にいる。


 黒竜が雄叫びをあげる。

 空気が激しく振動し、揺れは大地にまで伝播される。

 大地から伝わる振動と、雄叫びによる空気の震え。

 その両方に当てられてしまい、誰もが動きを止めている。


 刹那――


 黒竜は翼を羽ばたかせる。

 たった一回の羽ばたきは、突風となって周囲を襲う。


「なっ、なんだよ……何でこんな奴がいるんだよ!」


「敵はワイバーンのはずだろ! ドラゴンがいるなんて聞いてないぞ!」


「こんなのに勝てるわけないだろ!」


 ワイバーンと交戦していたパーティーが、次々と戦線を離脱していく。

 どのパーティーも上級のクエストをこなすベテランばかり。

 しかし……いや、だからこその逃走。

 自分たちでは絶対に勝てないと悟り、瞬時に行動へと移していた。

 潔いと言えばその通りだが、敵前逃亡であることは事実。

 褒められた行動ではない。

 だとしても、自分の身を守るという一点において、彼らの行動は正しかった。


 そんな中で、交戦を選択する者は、よほどの強者かあるいは……ただの愚か者だ。


「あ、あれが黒竜……」


 ティアラがごくりと息を飲む。

 ガランたちパーティーは、黒竜を前に呆然と立ち尽くしていた。

 その迫力に当てられて、しばらく動けなくなっていたのだ。

 幸いなことに黒竜は、依然として攻撃してくる気配がない。

 何かを待っているようだが、今の彼らにそれを考察する余裕はなかった。

 思考がフリーズし、急激に再稼動する。


 そして、ガランは思わぬ行動をとる。

 彼は剣を構え、黒竜へと近づこうとした。


「ちょっ、ちょっと! 何するつもりよ!」


「決まってるだろ? あの化け物を倒しに行くんだよ!」


「はぁ? あんた何言ってるの! 周りを見なさいよ! 他のパーティーも皆逃げてるじゃない!」


 ティアラの言う通り、ものの数秒で周囲からパーティーが消えていた。

 まだ残っているようだが、それも一桁程度。

 皆、黒竜が停滞している間を見計らって、遠くへと避難していた。

 しかし、ガランは言う。


「馬鹿か! だからこそだろうが! ここで俺たちが倒せば英雄だぞ!」


 ティアラを含む全員が唖然とする。

 ガランから感じられるのは絶対的な自信だった。

 それも根拠のない自信だ。

 さすがの仲間たちも、無謀さに言葉を失ってしまう。


「あんた――」


 ティアラが説得しようと口を開いた。

 まさにその時だった。

 停滞していた黒竜が、巨大な尻尾を地面に叩きつける。

 衝撃で地面は割れ、一瞬にして深く大きな亀裂が生まれる。

 彼らが立っていた真横に……


「う……に、逃げろおおぉぉぉぉ!」


 それを見た途端、ガランは血相を変えて逃走に転じた。

 我に返り、己の死を悟ったからだ。


 ティアラたちも後に続く。

 走る、走る、走る。

 みっともなく背を向けて、一心不乱に走り逃げる。

 もはや自分のこと以外は考えていない。

 仲間の命など二の次だ。

 だから、誰一人として気付かない。

 一瞬だけ出遅れて、とり残されてしまっていたミレイナのことに――


「ま、待って!」


 すでに距離が出来ていて、彼女の声は届かない。

 彼女も逃げようと走り出すが、運悪く躓いてしまう。


「っ……」


 太陽の光が遮られ、振り向けば黒竜が彼女を見ている。

 強く鋭い視線を前に、彼女は再び硬直する。

 もはや逃げるタイミングを逃した。

 そんな彼女に黒竜は、無慈悲に尾を振り下ろす。

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