9.俺がみんなを強くするよ

 翌朝。

 集合時間は午前八時。

 現在の時刻は、午前七時三十分。

 すでにギルド会館の一角には、シンクを除く三人が集まっていた。

 朝のクエスト選びで慌しい中で、彼女たちは黙って席に座っている。

 そして、静寂を破り声を出したのは、リーダーのミアだ。


「シンクさん、ちゃんと来てくれるかな?」


「さぁ? どうだろうな」


「いつもと……一緒かも」


 ユイが小さな声で「いつも」と言った。

 彼女たちにとって、二日目はある種運命の日と言える。

 なぜなら、これまで新規加入した冒険者で、二日目以降も継続してパーティーに残っていた者は、一人もいないからだ。

 理由はもちろん、彼女たちそれぞれに欠点にある。

 決して弱いわけではなく、才能は持っているのだろう。

 しかし、それらの長所を打ち消すほどの短所があって、誰もが見込み違いだったと離れていく。

 何度も、何度もそうやって見切られてきた。

 だから彼女たちも、本心ではあまり期待はしていない。

 今回も一緒なのだろうと、半分は諦めてしまっている。


 三十分後――


 約束の時間が来た。

 テーブルに座っているのは三人だけ。

 つまり、シンクは現れなかった。

 ガックリと力が抜けたミアは、大きなため息と一緒に呟く。


「はぁ……やっぱり――」


「遅くなってごめんなさい!」


 大きな声が響く。

 騒がしいギルド会館でもハッキリ聞こえるくらい、ともて大きな声だった。

 三人は一斉に振り向く。

 そこには、汗だくでたくさんの荷物をかかえているシンクがいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 道中に時計を見る。

 時間はギリギリで、走っても間に合うか微妙だ。

 それでも走るしかない。

 重い荷物も、乱れた呼吸も考えない。

 ただ、彼女たちが待っているから、ガッカリさせないようにと走る。


「おっ、お待たせしました~」


「シンクさん! 来てくれたんですね!」


「はい……ただ……ちょっとだけ休憩させてください」


「は、はい! どうぞ座ってください」


 ミアに手引きされ、俺はテーブルに残った一席へ座る。

 呼吸が整うまで、しばらくじっとしている。

 その間に三人は、俺と荷物を交互に見たり、互いに顔を合わせて首をかしげていた。


 呼吸が整う。


「お待たせしてすいません」


「はい。それは良いんですけど……その荷物は?」


「これですか? これには皆さんに渡したい物が入っています」


「私たちに?」


「はい。ただ、ちょっとここでは人も多いので、別の場所に移動しましょう」


 俺は淡々と話を進めていく。

 要領を得ない彼女たちも、流されるままに従う。 

 向かったのはギルド会館の二階。

 着替えをしたりするための控え室が、いくつも用意されている。

 受付で鍵を借りて、一室へと入る。


「最初に一つ、俺は皆さんに謝罪しないといけません」


 部屋に入ってすぐ、俺からそう話を切り出した。

 三人はキョトンとした表情を見せてくる。

 俺はさらに続ける。


「実は……ちょっと前まで俺は、鑑定眼っていう外れスキルしか使えなかったんです」


 それから俺は、ここへ至るまでの経緯を伝えた。

 別のパーティーにいたけど、無能といわれ追い出されてしまったこと。

 帰り道で見つけた魔道書のお陰で、魔道具を作れるようになったこと。

 それら全てを黙っていたこと。


「秘密にしていてすみません。本当なら、最初に話すべきことでした」


「い、良いんですよそんなこと! 私たちだって……ちゃんと伝えていなかったことばかりですし……」


 後ろめたい気持ちがあるのだろう。

 ミアは目を逸らしながらそう言った。

 確かに、色々とビックリはさせられたよ。


「てっきり……シンクさんも来てくれないかと思ってました」


「そうですね。正直に言うと、少しだけ考えました」


 俺がそう言うと、ミアを含め三人ともが悲しそうな表情を見せる。

 その表情に気付いて、俺はすぐに否定する。


「でも少しだけです! 俺はこれからも、皆さんと一緒のパーティーで頑張りたい! そのために受け取ってほしい物があります」


 俺は持っていた大きなカバンへ手を突っ込む。

 取り出したのは、シンプルな見た目の剣だ。


「まずミアさん。貴女にはこれを」


「剣ですか?」


「ただの剣じゃありません。この剣は、高度な再生能力を付与してあります」


 名付けるなら【リカバリーブレイド】とでも言うべきか。

 ただの武器屋で売っていた剣に、高級なヒールポーションを素材にして生み出した魔道具。

 折れる度に超速で再生する。

 どれだけ乱雑に扱おうと、決して失われることのない剣だ。


「ミアさん、貴女の剣技は凄かったです。今までに見たどんな剣士より、貴女の剣は速かった。だから、折れない剣さえあれば、貴方は最強です」


「折れない……剣」


 ミアは受け取った剣を握り締める。

 後で実際に使ってもらうとして、続いてはキリエだ。

 俺はカバンから黒いブレスレットを取り出す。


「キリエさん、貴女にはこれです」


「ブレスレット?」


「装備してから、『起動』と唱えてください」


「わかった」


 キリエは指示通りにブレスレットを装着。


「起動!」


 唱えた瞬間、ブレスレットは光りだす。

 光は彼女の全身を包み込み、次に姿を捉えたときには、黒いスーツを身に纏っていた。

 目にはゴーグルもかけている。


「な、何これ!」


「風圧にも耐えられる専用スーツと、脚力から移動距離を割り出せるゴーグルです」


「ん……?」


「そのゴーグルは、足への力の入れ加減で、どこまで移動できるか視覚化されます」


 つまり、コントロールできない速度を、無理やり予測できるようにしたんだ。

 彼女は速度に秀でている。

 本気で移動すれば、誰も彼女を捉えられない。

 自分では制御できなくても、どこまで移動するのかわかれば、それなりにコントロールできるはずだ。


「本当かよ! た、試してきていいか?」


「その前に、ユイさんにも渡してからです」


 取り出したのは四つの指輪。

 大きな青い石がはめ込まれていて、二つは明るくなっているが、残りの二つは暗くなっている。


「指輪?」


「これは魔力を蓄えることが出来る指輪です。二つには俺の魔力を貯めておきました」


 指輪一つで上級魔法三発分の魔力が溜まる。

 四つもあれば、彼女の魔力不足を補えるだろう。


「ユイさんの魔法は、形勢を逆転させる切り札になりますからね」


「……うん」


 ユイは指輪を大事そうに握る、

 これで全員に魔道具が行き渡ったな。

 アンディーさんに無理言って材料を貰ったり、徹夜して魔力を使い果たしたり。

 この魔道具たちを作るために、結構な労力を使ったな。

 

 自分でも驚いている。

 冷静に考えれば、ここまでする義理はないだろう。

 だけど、昨日のことを振り返って、俺は思ったんだ。

 もしかすると、彼女たちとなら苦難も失敗も、一緒に楽しめるんじゃないかって。

 だって、見ていて楽しそうだったんだ。


 さてさて、最後には決めのセリフを言っておこう。


「皆さんの欠点は俺が補います。そうすれば、このパーティーは最強になれると思うんです。だから、これからもよろしくお願いします!」


 少し格好をつけすぎたかもしれない。

 恥ずかしさに頬が赤くなるのがわかった。

 そんな俺を見て、彼女たちは微笑む。


 そして――


「「「ありがとう」」」


 口からこぼれたのは、偽りのない感謝の言葉だった。

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