2.ぶらぶらと帰り道

 数十キロ離れた遠方を覗ける『千里眼』。

 相手の動きを予知する『未来視』。

 相手の考えを見抜く『心理眼』。


 目に関係するスキルは意外と多い。

 強力なスキルばかりで、冒険者ならどれも有用だろう。

 その中でも外れスキルと呼ばれている『鑑定眼』は、道具や素材の情報を読み取る目だ。

 決して使えないスキルではない。

 ただ、冒険者にとっては、使いどころの少ないスキルだ。

 他が強力であるが故に、鑑定眼の冒険での使えなさが目立ってしまう。

 それが外れスキルと呼ばれている理由だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 東から太陽が昇ったばかりで、これから天辺まで移動する。

 道の途中に設置してある時計は、午前九時を回ったところだった。

 こんな時間に一人で街を歩くなんて、この二年なかったな。

 ガランのパーティーに入ったのは二年前で、ずっと一緒に活動していたから、一人になることは案外少なかった。

 これからずっとそうだと、勝手に思い込んでいた分ショックは大きい。

 俺はフラフラと酔っ払いみたいに歩きながら、どこに行くわけでもなく街をさまよった。


 一時間くらい経った頃だろうか。

 俺は一軒の道具屋の前にたどり着いていた。


「ここって……」


 古びた看板にはアンディー道具店と書かれている。

 いつも冒険で使うアイテムを補充しに来ていたお店だ。

 クエストが終わってギルド会館で解散すると、必ず立ち寄って消費したアイテムを買い足していたっけ。

 どうやら無意識のうちにここへ来てしまったらしい。

 もう何かを買う必要はないのに……


「どうせ暇だし、ちょっと見ていくか」


 無気力なため息をこぼしながら、俺は道具屋へと入った。

 中へ入ると屈強なおじさんが店番をしている。


「いらっしゃい! ってシンクじゃねーか。珍しいなこんな時間に来るなんてよぉ」


「えぇ……まぁ色々ありまして」


 彼は店長のアンディー。

 何度も通っているうちに仲良くなって、色々と親切にしてもらっている。

 俺が限界レベルの鑑定眼を持っていることも知っていて、時々仕事を手伝ったりもしていた。


「ふぅ~ん、まっ適当に見てってくれや」


 アンディーは何も聞かなかった。

 俺の表情を見て察してくれたのだろうか。

 ありがたいと思う反面、気を使わせて申し訳ないとも思う。

 せっかく来たんだし何か買って帰ろう。

 そう思って、棚に並んでいる商品を眺める。


「……」


 ポーション用の小瓶、調合用に使う薬草。

 剣の錆を落とす液体に、矢の材料になる素材。

 よく買い直していたアイテムが目に入って、これまでの冒険の思い出が蘇ってくる。

 思い返せば思い返すほど、悲しくなるとわかっているのに、勝手に頭の中で再生されてしまう。


「やべ……涙が……」


 気付けば両目が潤んでいた。

 アンディーに見つからないように隅へ隠れ、ゴシゴシと目を擦る。

 涙を流しているところなんて見られたら、もうこの店には顔を出せなくなる。

 落ち着くまで、しばらく隠れていようと思った。

 

 ふと視線を落とす。

 俺が隠れたのは店の端っこで、普段はあまり見ない場所だった。

 そこにはゴミ箱みたいにガラクタが入れられた箱があって、札には「ご自由にお持ち帰りください」と書かれている。


「これ……本?」


 箱の中にあった物で、唯一目にとまった物があった。

 とても古そうな本だ。

 前も後ろも真っ黒で、何が書かれているかわからない。

 俺は気になって手に持ち、アンディーに尋ねることにした。


「すいません。これって何ですか?」


「ん? あーそいつ俺もよくわからん」


「えっ、わからない?」


 俺がクビをかしげると、アンディーは本を指差して言う。


「中を見てみな」


「はい」


 言われた通りに開いてみる。

 そうしてすぐに、彼が言っている意味を理解した。

 ページを捲れど白紙。

 何も書いていない日焼けしたページがあるだけだった。


「わかんねーだろ?」


「確かに……何なんでしょうね」


「さぁな。二、三日前にいらねーもんを売りに来たジーさんがいたんだがな。そいつが置いていったんだよ」


「どんな人でした?」


「あんま覚えてねーよ。この街の人間じゃなさそうだったがな」


 少しだけ興味が沸く。

 この本にもそうだし、置いていったお爺さんにも。


「どの道いらねーし、ほしいなら持っていけ」


「えっと、じゃあお言葉に甘えて」


 気になったので本は持ち帰ることにした。

 あとは適当にアイテムを買って、道具屋を後にする。

 アンディーは最後まで何も聞かずにいてくれた。

 見た目は怖いけど、本当に優しい人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る