第5話 入籍しました

そして、また一週間が経った。


結局、私は初めて泊った日から今まで、ずっと課長のマンションで暮らしている。


案外、居心地がいいのと、話もあったりして都合がよかったのだ。


その間も、課長は相変わらず盛っている。


課長の体力にも、驚きだ。


相手になってる私は、少し痩せてクマまでできているというのに!




今日は、両家の顔合わせだ。


ホテルのレストランの個室を取っての昼食。


私の両親は、昨日からこっちに来て観光しているらしく、現地で落ち合おうと

連絡がきていた。


課長と二人、目的のレストランに着くと個室に案内される。


ドアが開くと、そこには既に両家の親の姿・・・。


更にかなり話が盛り上がっている様子。


課長と顔を見合わせつつ、中に入ると課長のお父様から


「いや~、心さんは良いご両親をお持ちだね。」


「あ、はい・・・。」


恐縮しつつ返事をすると、頑固親父が


「心、お父さんとは話がついた。

 明日は日も良い。大安で一粒万倍日だ。

 今、これを書いて明日出しなさい。」


そう言ってわたされたのは・・・『婚姻届』



両家の親に挟まれ、私と課長はその場で婚姻届を記入させられた。



両家の親は、上機嫌で話が進む。


結婚式はいつ、披露宴はどうする・・・・。


肝心の主役二人は置き去りでいろんな事が決められていった。


翌日、記入した婚姻届をもって区役所に。


「はい、受理いたしました。おめでとうございます。」


メガネを掛けた窓口の人がにこやかに声をかけた。



「タカちゃん、結婚しましたね。

 私、久宝 心クボウ ココロになりました。」


「そうだな、奥さんよろしく。」


「旦那さん、よろしく。

 私の部屋、解約した方が良いですよね。」


「そうだな、引っ越ししないとな」


「会社にも、言わないといけませんね。」


「そうだな。

 明日、二人で部長に報告しにいこう。」


「うん。」



私、綾瀬心、改め、久宝心になりました。



「そうだ、取りあえず指輪でも買いにいくか。」


「あ~、結婚指輪?

 そうだね、形だけでもあった方がいいよね。」


「お前は欲しくないのか?」


「あんまりアクセサリーとか普段からつけないから・・・。

 でも、指輪くらいはした方がいいよね。」


「う~ん、俺もなんかつけるのめんどくさいかも。

 やっぱりやめとくか。」


「どうしても必要になった時でいいよ。」


「そうか~?じゃあ、それで。」



“やっぱり指輪って必要なのかな?

でも・・・邪魔そう。取りあえず、保留だな”



「折角、入籍したし、今日は外食しよう。

 何が食べたい?」


「じゃあ、奮発して回らないお寿司、お願いします!」


「了解!」



回らないお寿司は久々だ!


「わあ~、回らない所は働き始めてから初めて。」


「そうなのか?」


「そうだよ。独身OLの一人暮らしは厳しいんです。」


「じゃあ、好きな物いっぱい食べろよ。

 今日は特別なんだからな。」


「うん!」


大トロ、中トロ、ウニ・・・・。


目の前で握ってくれるお寿司は、どれもとろけるほど美味しい。


「そう言えば、心は仕事はどうする?」


「仕事って?」


「同じ部署の結婚だと、どちらかが移動だろ?

 それに、俺もそこそこ稼ぎはあるから、専業主婦でもいいしな。」


「あ、そっか。」


確かに夫婦で同じ部署はない。

仕事に関しては、キャリアウーマンとして働くぞ!っていう程の思い

もないしな・・・。


「それじゃあ、専業主婦でいこうかな。」


「お、いいぞ。

 毎日、美味い飯頼むな。」


「了解です!」


改めて考えると、私って結構、優良物件と結婚したんじゃない!


イケメンで仕事もできて、給料も良い。


「あ、そうだ、タカちゃんの部屋って分譲でしょ。

 何年ローンなの?」


「イヤ、もう払い終わってるから大丈夫だ。」


「そうなんだ~。」


“マジか!凄いな課長!ホント、優良物件だわ!”


自分の運の良さに、我ながら感心だ。



「そうそう、今日は新婚初夜だって分かってるのかな、奥様。」


セクシーな声が耳元で囁かれる。


「・・ッ!確かにそうですね、旦那様。」


「こないだの何でも言う事きくっていう言葉覚えてるか?

 帰ってからが楽しみだな。」


不敵な笑みを浮かべる課長に、頬がピクピクと引き攣っていた。



マンションに帰ってからの事は、ご想像にお任せします。



まあ、あんな事やこんな事、今までしたこともないような恥ずかしい

事を次々と言われ、もうクタクタ。


でも、意外に私も楽しんだりして・・・・。


自分の意外な一面を知った、そんな新婚初夜になった。





月曜日、いつもの様に課長の車で会社に向かう。


ただ、いつもと違うのは一緒に出社すること。


いつもの景色が、ちょっと違って見えてくるから不思議だ。



就業時間、10分前になり部長が出社すると、課長が部長に話しかけ

二人とも会議室に入っていった。


「綾瀬、ちょっといいか?」


会議室から課長が私を呼ぶ。


「はい。」


仕事の風を装いながら会議室に向かった。


会議室では、部長が私の顔を見て、少し驚きながらも笑みを浮かべている。


「いま、久宝課長から話は聞いたが、二人は入籍したのか?」


「はい、昨日入籍しました。」


「仕事はどうするのかな?」


「キリの良い所で退職して、専業主婦になるつもりです。」


「そうか、分かった。取りあえず、営業部の皆には報告しておこう」


そう言って、先頭を歩く部長の後に課長、私と続いて会議室を出た。


「あ~、皆ちょっといいかな?

 久宝課長から皆に話がある。」


部長の声に、営業部の皆が一斉にこちらを見た。


「えー、私事で恐縮ですが、この度、こちらにいる綾瀬さんと入籍したことを

 ご報告いたします。

 綾瀬さんは、会社の引継ぎなど終了したところで退職となりますので、

 それまで、よろしくお願いします。」


課長の言葉に、エ!!という顔の女性社員。


「嘘~!?」「ショック~!!」などの声も聞こえてくる。


さすが、社内人気NO.1。



「では、綾瀬さんからも一言」


「あ、はい。

 この度、久宝課長と入籍しました。

 退職までの間、どうぞよろしくお願いします。」


今度は「マジか!」「嘘だろ~」という男性社員の声。


男性社員の声に、課長が一瞬ピクっとしたのは見逃しておこう。



席に着くと、周りの女子社員に囲まれる。


少し目が怖いのは気のせいだけではないはず・・・。


すると、「皆、家の奥さんを苛めないでね。」と低音のセクシーボイスが

かけられた。


流石にその声の中、何かするわけにもいかなかったのか、皆仕事に戻っていった。


私は口パクで「ありがとう」と課長に伝えると、軽く微笑みながら頷いてくれた。


“奥さんを護ってくれるなんて、思ったより大事に想ってくれてる?”


今のところ、お互いに好きとか愛してるなんて言った事もない私達。


少しは、好きって思ってくれてるのかな?



そして・・・一か月後の月末、今日で会社を退職する。


まあ、ちょっとだけ陰口みたいのはあったけど、割と平穏に過ごすことができた

のも、課長のお陰。


仕事のできる男は、怪しい気配を察知する能力も高いらしく、全て先回りして

不穏な行動を潰していたらしい。


らしいというのは、私が分からない内に処理してるから。


全て、後から仲の良い同僚や課長本人からの事後報告だった。



いや~、感心するしかない。



皆の前で花束を貰い、拍手の中、寿退社となった。




そして、今、私のお腹の中には新しい命が宿っている。



課長は、付き合ったその日から避妊なんてものはしてなくって、退職した時

には三か月に入っていた。


まあ、あれだけ盛ってるんだから、この結果は納得だ。


結婚式は、安定期に入ってから。


既に両家の両親が全てを仕切り、決まっていた。


白無垢での神前式に色打掛、ウェディングドレスにカラードレス。


白無垢と色打掛は、着物好きの家の母親が昔から懇意にしている呉服屋さんが、

新品を無料で貸してくれることになった。


ドレスは、課長のお母様からショップを指定され、そこで好きな物を選んで

欲しいと連絡があった。


料金は久宝家で持つらしい。


ドレスの詳細を話すと、早速、田舎から母親と妹が飛んできた。


三人で向かえば、母と妹にあれでもないこれでもないと何度も着替えさせられ、

決まったのは二人が納得したドレス。


私の意見は、見事にないものとされた。


課長のタキシードも母と妹が私のドレスに合わせて決めてしまった。


まあ、綺麗だったからいいけど・・・。




そして、遅ればせながら結納の日。



初めて両家の家族が全員揃う。


お互いの家族の事もあまり話す事も無かった私達。


ここで、初めて知る共通点。


久宝家は、三人姉弟。


上二人が女で、課長は末っ子長男。実は、綾瀬家も同じ構成。


一番上のお姉さんは結婚していて、二人の子持ちで、家庭的な雰囲気

が漂う感じはお母様ににている。


下のお姉さんは、バリバリのキャリアウーマンらしく、少し派手目で

身に着けているのは、有名ブランドの物ばかり。


課長はそんな姉や姉の友人に、ビシバシ鍛えられ育ったそうだ。


家の姉弟も同じようなもの。


不思議な縁を感じた。




お互いの家族の紹介も終わり、笑いの中滞りなく結納が進んでいった。



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