第32話
翌朝、名残惜しむように起床してから朝食を作って食べ、午前中はお互いにオンライン授業を受講して時間を過ごした。
昼食も食べ終えて、俺と萌恵奈はソファで寝転がりながらくつろいでいた。
リビングの窓から心地よい風が吹き込み、ゆったりとした午後のひとときを演出している。
食後の満足感と心地よい風が相まって、眠気が襲ってくる。
萌恵奈は俺の上に覆いかぶさるように胸元に頭をちょこんとのせてスヤスヤとお昼寝中。俺は萌恵奈の頭に手を置いて、トントンと優しく撫でて最後のひとときを味わっていた。
夜には、仕事を終えて両親が家に帰ってくる。
その前に、萌恵奈は家に帰らなくてはならない。
残された時間は数時間ほど。
タイムリミットまで時間がないにもかかわらず、俺と萌恵奈はごく自然体で落ち着いていた。いつものようにくっついてソファに寝転がって、添い寝して眠っている。
別れを忘れたいがために、わざといつも通りの接し方をしているのかもしれない。
心の中に寂寥感や切迫した気持ちなどは全くなかった。
昨日一緒に眠ったことで、俺と萌恵奈は気が付いたのだ。
もう十分すぎるほど、お互いの愛は伝わっているのだということに。
この一カ月で、三年分の愛を取り戻すように、またはそれ以上のスキンシップを取ってきた。
だから、お互いがお互いを好きだという気持ちは、十分相手に伝わっている。
安心しているのだ。同棲生活が終わりを告げることになるとしても、この先萌恵奈と心の距離も離れて行ってしまうなんてことは、神に誓ってもないことに。
しばらくして、萌恵奈がモゾモゾと頭を動かして目を覚ました。
既に陽は傾き始めており、リビングの床に反射して、辺りをオレンジ色に染めている。
「おはよ、萌恵奈」
「おはよう柊太」
そして、俺達は見つめ合って唇を合わせる。
「ふふっ……」
にこっと萌恵奈が微笑みかけてきた。
俺はそれに対して、どうしたの?と首を傾げる。
「いやっ……楽しかったなぁっと思って」
「何が?」
「この一カ月。ずっと柊太とこうしてイチャイチャ出来て」
「そっか……」
「柊太は楽しかった?」
「そりゃもちろん」
「なら、よかった……」
俺達はお互いこの一カ月の出来事を思い出すようにして、頭の中で思い出していた。
だからだろうか、言葉なくとも気まずい雰囲気でもなく、幸せな空間に包まれているような気がした。
「よっと!」
萌恵奈は勢いをつけて寝転がっていたソファの上から立ち上がると、両手を大きく上げて伸びをした。
そして、ふぅっと息を吐くと、くるっとこちらへ振り返る。
「それじゃ、私は帰りますかね!」
「……わかった」
玄関で靴を履き、大きな登山リュックを背負いこんで、萌恵奈がこちらに振り返る。
「それじゃ、またね」
「おう、またな」
お互いに手を胸元辺りまで上げてお別れの挨拶を交わす。
とても淡泊だけど、お互いに根性の別れでもない。
会おうと思えば、隣同士なのだからすぐに会うことが出来る。
だから、悲しくなんてない。そう思っていたのに――
俺達の瞳からは一筋の雫が頬を伝って流れていた。
表情は至って笑顔。けれど、心の奥底からくる様々な感情が入り混じり、勝手にこみ上げてきてしまったらしい。
「あれっおかしいな、こんな予定じゃなかったのに……」
鼻を啜って、俺は目元を手で拭う。
「もう……バカ柊太。泣くなし」
「そういう萌恵奈も人のこと言えないぞ」
「えっ? ……あれっ、どうして?」
自分が泣いていることに気づいていなかったようで、手で頬を触って濡れていることに気づいて驚いた表情を見せる萌恵奈。
「はははっ……ホント、俺達何やってんだか」
「そうだね」
自嘲気味にため息を吐くけれど、俺と萌恵奈にとってはこの同棲生活がそれほどまでに蜜の濃いものだったという確たる証拠である。
「それじゃ、今度こそ行くね」
「おう、じゃあな」
玄関の扉を開き、萌恵奈は何度も振り返ってひらひらと手を振って別れの挨拶をしてきた。
俺も何度も手を振り返して、ゆっくりゆっくりとしまっていく玄関の扉を最後まで見届けて、ガチャリと玄関が締まる音が聞こえた瞬間。
俺達の同棲生活は幕を終えた。
◇
翌日、両親は帰宅して来たけれど、仕事があることに変わりはない。
いつも通り朝早くに出勤していってしまう。
結果、俺は一人寂しく家での生活を送る羽目になる。
緊急事態宣言が解除はされたものの、大学の講義自体が通常形態に戻るにはまだ時間を要する。つまり、オンライン授業を受講することに変化はない。
ただ、ソファでノートPCを開き、違う授業を受講する彼女の姿が無いこと以外は……。
リビングでノートPCを準備してオンライン授業の用意を進めていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
受話器を取り、カメラ越しに確認すると、なんと目の前には萌恵奈の姿があった。
「柊太! 開けろ!!!!」
元気よく答える萌恵奈に急かされて、俺は急いで玄関へと向かい、ドアを開け放つ。
ドアの目の前に現れた萌恵奈は、勢いよく家の中へと飛び込んできた。
「やっほー柊太! 一緒に授業受けよ!」
そのまま俺の首に手を回して抱き付いてくる萌恵奈。
「ちょ、萌恵奈!?」
「ん、どうしたの?」
「いや、こっちの台詞。どういうことだよ?」
昨日の今日で萌恵奈が家に戻ってきたことに驚きを隠せないといった様子で見つめていると、萌恵奈がにこっと素敵な笑顔で答えた。
「緊急事態が解除されて、両親もテレワークじゃなくなったんだよ。でも、授業はしばらくオンラインのままだし、家で一人で寂しく授業受けるのもつまらないから、それなら親にバレないし、柊太の家におしかけて、イチャイチャしながら授業受ければいいんだって!」
萌恵奈の肩に掛けられた斜め掛けのバッグには恐らくノートPCと筆記用具など最低限度のものが入っているのだろう。
「だから……」
萌恵奈は回していた腕で俺の頭をガシっと押さえて、チュっと押し付けるようなキスをしてくる。
「これからは昼間だけだけど、二人っきりの時間は思いっきりイチャイチャしようね!」
そう言って嬉しそうに満面の笑顔を湛える萌恵奈を見て、俺は思わず頬を吊り上げて笑みを浮かべてしまう。
こうして、俺と萌恵奈の関係は少し形を変えつつも、もうしばらくはイチャイチャ生活を満喫できそうです。
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あとがき
皆さん、緊急事態宣言中はどのようにお過ごしでしたか?
テレワークの方もいらっしゃれば、普通に出社の方もいらっしゃったことでしょう。
これは、あくまでもしも幼馴染がお隣さんで、両親が家に帰れなくて起こった奇跡のようなラブラブイチャコメディでした。
しかし、現実世界では相変わらず厳しい状態が続いています。
緊急事態宣言は解除されましたが、まだまだ予断を許さない状態であることに変わりはありません。
これからも、皆さんで力を合わせてコロナに打ち勝てるよう、この危機を乗り越えていきましょう!
さばりん
緊急事態宣言で大学がなく暇してたら、隣に住んでいる彼女幼馴染が同棲しようと言い出した さばりん @c_sabarin
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