第26話

 ここ数日、都市部でもすっきりしない空模様が続いている。

 今日も雨が降ったり止んだりを繰り返していた。

 こういった天候の悪い日は、部屋に籠りスマートフォンでアニメを視聴したり、ゲームをプレイしたりして一日を過ごすのが鉄板だった。

 しかし、今はスマートフォンを没収されている。

 暇な時間が少しでもあれば、隙あらば萌恵奈とハグやらキスやらでスキンシップを取っていた。


 果して、これはリア充なのだろうか?

 もっとこう、フリーダムな休日の合間にふと目が合った時に軽くキスしたりスキンシップを取ったりするのが普通のカップルなのではないだろうか?

 一日の生活の大半を愛を育むスキンシップに当てている俺達は、かなり偏りのある付き合い方をしているに違いない。

 まあでも、こうなってしまった原因は三年間スキンシップを取ってこなかった俺にも責任がある。


 三年間の蓄積を、今は発散していると考えればいいのだろう。

 だから、緊急事態宣言が解除されてしまえば過度なスキンシップも終わり。

 一日中二人でイチャつき合うということも稀になるのだ。

 となると、逆に考えれば今を楽しまないでいつ楽しめばいいのだろうか?


 何が言いたいかというと、この萌恵奈との期間限定の同棲期間をもっと有効活用するべきだということ。

 24時間徹夜でスキンシップをとってもいいくらいだとポジティブに状況を捉えて楽しもうと心掛けたい。心掛けたいのだが……


「あ”ぁ……だりぃー」


 俺は今、この世で一番無駄な時間を過ごしていた。

 画面がカクカクで、何を話しているのかちっともわからないオンライン授業の流し見るという、最も効率の悪い苦行の時間を。


 オンライン授業初日よりも改善はされてきているものの、所々映像が止まったり、音声が消えたりと回線の不安定な時が多少見受けられた。


 頬杖つきながら、ちらっと横を見る。

 ソファでは、姿勢よく座りPC画面と向かい合いながら、グラスに注いだお茶を片手に萌恵奈が真剣にオンライン授業を受講している。


 萌恵奈の大学の回線は初日から画面が止まったり音ズレすることなく安定したオンライン授業を提供していた。

 萌恵奈が真剣に聞いているにも関わらず、授業の邪魔するのも気が引けるので、こうしてカクカクのPC画面と睨めっこしながら怠惰な時間を過ごしているのだ。


「昔のテレビみたいに叩いたら映像動くとかないかな?」


 ついにやることがなくなり、コンコンとノートPCの裏を軽く叩くも、映像は相変わらずグルグルとロード中のアイコンがくるくると回って動かない。


 こうなったら、PCで適当に無料のゲームを探して暇つぶしにやろうかとも考えたけど、萌恵奈に見つかったら怒られそうなのでやめておく。

 結局、やることが無くなった俺は、テーブルの椅子から立ち上がり、キッチンへと向かう。


 食器棚からコップを取り出して、冷蔵庫に入っているペットボトルのお茶を注いで、ソファの方へと持っていく。


「授業順調か?」


 後ろからさりげなく萌恵奈に様子を窺う。


「うん、柊太のとこの回線は相変わらず?」

「あぁ……前よりはましだけど、オンラインになるとまだ回線が不安定だな」

「そっか、じゃあこっち来る?」


 くるりと萌恵奈がこちらを振り返って、自分の太ももをトントンと叩いて膝枕するかと聞いてくる。


「いや、まだ他の授業の振り返り映像も見なきゃいけないし、いいや」

「そか、なら頑張って!」


 萌恵奈はぎゅっと握りこぶしで俺に奮起を促すと、くるっと体勢をPCの置いてあるローテーブルの方へと戻してしまう。


 仕方ない。

 こうなったら、過去の見れなかった映像の授業でも受講しますかね……。



 ◇



「柊太……」


 遠くの方からかすかに俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 心なしか、身体がゆらゆらと波に揺られているような心地よさも感じた。


「柊太!」


 鋭い声が耳から脳を刺激し、俺はようやく我に返って目を開けた。

 身体を上げて辺りを見渡すと、萌恵奈が腰に手を当てて呆れたような顔をしていた。


「もう……授業受けてたんじゃないの?」

「え……?」


 PCの画面を見れば、抑揚ない声で講義を続けている教授の声がお経のように流れ続けていた。

 どうやら、どんよりとした気候と熱気にやられて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


「悪い、寝ちまってた」

「真面目に授業聞かないと、単位落とすよ?」

「あぁ……そうだな。これからは気を付けるよ」


 とは言ったものの、やはり自宅で授業を受けるというのは、どうも身が入らない。

 身体を休めるための安らぎの場所である家から、外に出ることで気が引き締まり講義を受けられるというもの。

 改めて、外に出れないという事実がここにきて裏目に出てしまった。


 すると、萌恵奈ははぁっと一つため息をついた。


「私が授業読んであげようか? 紙芝居みたいに」

「なんだそれ、斬新な発想だな」

「だって、私が先生だったら、柊太だって真面目に勉強するでしょ?」


 俺は教鞭を執る萌恵奈を頭の中で妄想する。



 ◇



 放課後の夕方。

 夕陽が差し込む教室に響き渡るキリっとした声。

 教壇前に立ち、スーツ姿で授業の内容について淡々と説明していく萌恵奈。

 すると、ぱっとこちらと目が合い、眉を顰める。


「こら、柊太くん。ちゃんと話聞いてるの?」

「えっ? あぁ……えぇっと……」


 萌恵奈のスーツ姿が新鮮で見とれてしまっていた。

 もちろん授業の内容など頭の中に入ってきていない。

 萌恵奈は両手を腰に当ててため息を吐く。


「全く、これはあなたのために行っている補習なのよ? ちゃんと聞いてなきゃダメじゃない」

「す、すいません。先生があまりに魅力的だったので……」

「なっ、何馬鹿なこと言ってるのよ!! いいから、板書した内容をノートに書き写しなさい!」


 頬を染めてぷんすか怒る萌恵奈は、くるっと背を向けて授業の続きを始める。

 しばらく真面目に板書していた俺だったが、ちらちらとこちらに突き刺さる視線が気になり、声を上げてしまう。


「あの……先生? 何か?」

「へっ!? い、いやっ……何でもないわ!」


 見られていたのが恥ずかしかったのか、またすぐにくるっと黒板の方へ背を向けてしまう萌恵奈。

 俺は首を傾げつつも、ノートを取る作業に戻る。

 すると、こちらへ振り返った萌恵奈がコホンと一つ咳ばらいをした。


「しゅ、柊太君。あ、あなた、私のことが魅力的だって言っていたけれど、それは本当かしら?」

「へっ?」


 唐突に尋ねられて、素っ頓狂な声を出してしまう俺。

 視線の先では身を捩らせて、頬を朱に染める萌恵奈先生。


「だっ、だから! 柊太君は私が魅力的なのが原因で、授業に集中できないって事よね!?」

「えっ? まあ、はい。そうですね」


 唖然としたまま生返事を返すと、萌恵奈は何を血迷ったか、いきなりスーツをシュルシュルっと脱いで、ブラウス姿になる。


「なっ!? 何してるんですか?!」

「だ、だって、私が魅力的なのが原因なのだから。私の魅力を味わったら、授業に集中できるって事でしょ?」

「それは……違う意味で集中できなくなってしまうのでは?!」

「も、もう! いいから私の身体、じっくり見なさいバカ!」

「えっ、ちょっと待って! 萌恵奈せんせっ……」


 こうして、萌恵奈先生の魅力を知る、特別授業が始まるのでした。



 ◇



「いや、絶対集中できる自信がないから却下で」

「なんでよ!? 私がせっかく柊太のためを思って言ってるのに!?」

「だって、萌恵奈先生がエロすぎて……」

「え、エロ?」

「いや、なんでもない」


 はっと我に返り、俺は視線を逸らしつつ手を振る。

 しかし、萌恵奈は何かを察したのか、ピクっと眉を上げて手で身体を覆う。


「ば、バカ……何変なこと考えてたのよ。エッチ……」


 上目遣いで睨みつけてくる萌恵奈だが、顔は茹で上がるように真っ赤になっていて、あまり怖さはない。


「そりゃまあ、萌恵奈先生との特別レッスンを――」

「それ以上言わなくていいから!」


 萌恵奈は恥ずかしいと言わんばかりに手で俺の言葉の続きを制した。

 ちぇ、せっかく萌恵奈のスーツ姿がどれだけ魅力的かというのを論じてあげようと思ったのに。

 俺が少し残念そうにしていると、萌恵奈が唇をわななかせて口を開いた。


「とっ、特別レッスンなら、後でたっぷりしてあげるから……」

「え、してくれるの!?」


 思わず食い気味で尋ねてしまうと、萌恵奈は耳も真っ赤に染めつつ、こくりと頷いた。

 萌恵奈の返答に、俺は自然と口角がニヤっと上がってしまう。


「じゃあ、期待してるね。萌恵奈の特別レッスン」

「も、もう……柊太のバカ」


 冗談半分で言っただけなのに、現実にしてくれちゃうところが萌恵奈の可愛いところだなと改めて彼女の良さを再認識する。

 今日の夜も、楽しみ過ぎて色々と捗りそうだ。

 そう思う、柊太なのであった。

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