第24話

 39県の緊急事態宣言が解除されてから、明らかに気のゆるみが世間では生じ始めた。某会社がまとめた人の外出動向で、都市圏主要駅周辺の外出割合が10%ほど上昇しているのだ。


 その兆候は、俺と萌恵奈の身の周りでも起こった。


「ただいまー」

「帰ってきたわよー!」


 なんと、ブラック勤めだった両親が家に帰ってきたのだ。


「親父!?」


 運よく掃除中だったので、萌恵奈とのイチャイチャを見られることはなかったものの、唐突な帰宅に、俺は思わず目を疑った。


「あれ? 二人ともオフィスライフしてたんじゃ……」

「そうなんんだけど、さすがにキャンピングカーでの生活にも飽き飽きしてきちゃってね。気晴らしにゴルフでも行こうかと思って、荷物を取りに来たのよ!」

「うむ。柊太は相変わらず元気そうで何よりだ」


 二人とも腕を組み、相変わらず仲睦まじい夫婦。


「柊太、誰かお客さん?」


 すると、二階の掃除をしていた萌恵奈が階段を下りてきた。


「あらぁ! 萌恵奈ちゃん、元気にしてた!?」

「柊太ママ!?」


 ハイテンションな母親とは対照的に、驚いたように目を瞬かせている萌恵奈。

 母さんは、俺と萌恵奈を交互に見て、何やら感心したようにほっこりとした笑みを浮かべる。


「二人とも、同棲生活は上手く行っているようでなによりだわー」


 母さんの言葉に、うむうむと頷く親父。


「ゴルフに出かけるから、用具取りに来たんだって」

「あぁ、なるほど……」


 俺が萌恵奈に状況を説明すると、納得したように胸を下ろす萌恵奈。


「それで、二人の方はどう? 私達が家に帰ってくる頃には、もうおめでたかしら?」

「なっ、何言ってんだよ母さん! 俺たちはまだ大学生だっての!」

「大学生で学生結婚なんて言うのも、私は構わないと思うけど?」

「えぇ……お母さん的には、早く二人の孫の姿が見たいのにぃ。ねぇ、萌恵奈ちゃん?」


 矛先を階段の中断当たりで様子を見ていた萌恵奈に向ける。


「い、いやっ、さすがに子供はまだ……ちゃんと望む形にしたいですし。今はまだ、ちゃんと避妊してます」

「ちょっと、おい、萌恵奈!」

「あらあらー、二人ともやっぱり若いからお盛んなのねー」


 親に萌恵奈とシていることがバレた恥ずかしさで、頬が真っ赤になって熱を帯びていく。


「若いっていいわねーアナタ」

「うむ。あまり、羽目を外し過ぎぬようにな」

「は、はい……」


 玄関での会話を終えて、両親は家に上がると、廊下の押し入れにしまってあるゴルフ用品を取り出してちゃっちゃか準備を始める。


「お茶かコーヒーでも飲んでいく?」

「大丈夫よ。早く出発しないと予約時間に間に合わなくなっちゃうから」


 そう言って、ゴルフバッグを担いだ両親たちは、再び玄関で靴を履いて出て行く体制を整える。


「それじゃあ二人ともーお幸せにー。萌恵奈ちゃんもまたねー」

「は、はい……また」


 うふふっと朗らかな笑みで手を振る母さん。

 それに対して、苦笑いを浮かべつつ、手を振り返す萌恵奈。


 こうして、両親はゴルフ場へと向かっていった。


 嵐のような過ぎ去っていった両親に、俺達は思わず目を見合わせる。


「なんか、もうすっかり私たちの結婚が前提みたいな感じだったね」

「そうだね」


 このまま、萌恵奈が浅見家で過ごしても全く問題ないレベルで、普通に萌恵奈が家にいることを気にすることなく接していた。

 それはそれで嬉しくもあり、こっちとしては先のことまで考えていないので、先走っている両親へ苦笑いを浮かべるしかない。


「そ、それで……柊太はどうなの?」


 唐突に、萌恵奈が視線を泳がせながら尋ねてきた。


「へっ、何が?」


 俺が聞き返すと、萌恵奈は頬を真っ赤にしてちらっと上目づかいでこちらを見る。


「だ、だから……け、結婚とか、子供とか、作りたいのかなってこと」


 萌恵奈の言葉に、俺は面食らってたじろぐ。


「い、いやぁ。まだ早いだろ。段階的に考えて……」

「そ、そうだよね。あっ、あはははは……」

「あははは……」


 お互い気まずい沈黙。


「そ、掃除に戻るか」

「そ、そうだね!」


 わざと会話を切り替えるようにして、俺達は掃除に戻ることにした。



 ◇



 その日の夜。

 いつものように同じ布団に入って、ぴとっと萌恵奈がくっついてきた時の事。

 暗闇の静けさの中で、萌恵奈が唐突に声をかけてきた。


「柊太、起きてる?」

「ん、なんだ?」

「……こ、子供作る時の瞬間ってさ。ど、どんな感じなのかな?」

「ぶっ……し、知らねぇよ……」


 思わず吹いてしまい、適当に返事を返しておく。


「やっぱり、ゴムしてる時とはまた違う幸せ感があるのかな?」

「だ、だから知らねぇって……」

「ねぇ……してみる?」

「はっ?」

「だから、ゴム無しでしてみる?」

「……」


 誘ってくる萌恵奈は、どこか切迫感があり、心の余裕が無いように見えた。

 俺はため息をついてから、萌恵奈の肩を優しく掴んだ。


「あのな萌恵奈。そんなに焦ることじゃないだろ。俺は萌恵奈の事好きだし、これからもずっと大切にしていくから、急いでやるようなことでもない」

「うん」

「だから、お互いしかるべき時が来たときに、すればいいってこと。わかった?」

「うん……」


 納得いったのかいってないのか分からないような有耶無耶な返事をする萌恵奈。


「なんだよ、まだ納得いかないようなことでもあるのか?」


 問いただすと、萌恵奈は自身の口元に手を当てながら、ちらっとこちらを見つめてくる。


「そのぉ、こ、行為自体は、これからもしてくれるんだよ……ね?」


 萌恵奈の縋るような視線に思わず狼狽えつつも、俺はしどろもどろに答える。


「……そ、それはまあ……したいならいつでも……んっ!?」


 俺が頭を掻きながら答えると、萌恵奈は俺の唇を塞いできた。

 そして、ちゅぅぅっと5秒ほど唇を押し付け合ったところで、ぱっと顔を離す萌恵奈。


「ふふっ……そっか。なら、今日も私の事沢山可愛がってくれる?」


 トロンとした目で可愛らしく訴えかけてくる萌恵奈の姿に、俺は呆れ交じりのため息を思わずついてしまう。


「ったくお前は、仕方ない奴だよホント」

「えへへっ……」


 こうして今日も、俺と萌恵奈は愛を確かめ合うのでした。

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