第21話

「うーん……回線がラグい」


 俺は、リビングのテーブルで腕を組みながら、難しい顔をしてPCの画面と睨めっこしていた。

 萌恵奈と同じように始まったオンライン授業。

 しかし、大学の使用しているポータルサイトの回線が弱いのか授業の動画がカクカクで全く内容が分からない。


 幸いにも、オンライン授業配信1週間までは、放映した授業映像を再び再生できるらしいので、後日見ればいいだけなのだが、こんなにもスペックが酷いとは思っていなかった。


「はぁ……ダメだこりゃ」


 俺は諦めて、ポータルサイトから離脱して授業を聞くのを諦めた。

 背もたれにもたれかかり、チラっと視線を横に向ける。

 ソファでは、片手にペンを持ち、ローテーブルに置かれた資料にメモを取っているイヤホンを付けた萌恵奈が真剣な様子でPC画面と向き合って授業を受けている。


 俺は萌恵奈の背後へ静かに移動してPC画面を見ると、萌恵奈の大学の回線は問題なく授業を受けられるスペックが用意されているようで、画面には滑らかな映像が映し出されていた。


「萌恵奈のオンライン授業はいいなぁー。見やすくて」


 萌恵奈の背後で呟くように声を上げると、驚いたようにビクっと身体を震わせて萌恵奈が素早く振り返る。


「びっくりしたぁ……いるなら言ってよ」

「びっくりさせてごめん。暇すぎてちょっと意地悪した」

「もう……って、あれ? 柊太もう授業終わったの?」

「いや、回線がクソ過ぎてまともに授業が受けられる状態じゃない」

「あぁ……回線混みあってるときあるあるだね」


 ご愁傷さまという感じで、萌恵奈は愛想笑いを浮かべる。


「ってことで、やることがなくなりました」

「なら、こっちくる?」


 ポンポンと自分の太ももを叩いて、首を傾げて誘ってくる萌恵奈。


「じゃ、そうさせてもらいますか」


 俺は遠慮なくソファの前に回り、そのまま萌恵奈の脚に頭をのせた。


「はぁ……疲れた」

「お疲れ様」


 そう言いながら、ポンポンと優しく頭を撫でてくれる萌恵奈。

 最近、昼間はずっと、こうして授業を受けている萌恵奈に膝枕してもらって甘えてばかりな気がする。

 萌恵奈の膝枕に、ここまで憑りつかれるとは思ってもみなかった。

 このままでは、萌恵奈の膝枕なしでは生きていけない身体になってしまうかもしれない。


 世間では緊急事態宣言が39県で解除される方針であることが報道された。

 今日の夜にも首相による記者会見が行われるらしい。

 俺と萌恵奈が今いる地域は、残りの8都道府県にふくまれてしまっているので、残念ながら自粛解除には至らず制限が続く。


 だが、都内の昨日の新規感染者数が10人となるなど、一桁への道も見えてきた。

 五月終わりには、緊急事態宣言が解除されるかもしれない。

 となると、両親が帰ってきて萌恵奈との二人きりの同棲生活も終わりを告げてしまう。


 ウイルスが終息してほしいけれど、今の生活は終わって欲しくないという複雑な心情にさせられてしまう。

 俺達の同棲生活が終わったら、萌恵奈にこうして膝枕してもらうこともなくなってしまうのだろうか。それは嫌だなぁ……。


「うーん……」

「ん? 一人で難しい声出してどうしたの?」

「へっ? あっ、えっと……」


 いつの間にか萌恵奈との今後について悩んでいたら声に出てしまっていたらしい。

 俺は咄嗟に当たり障りのない感じで答える。


「ちょっと考え事、今度のことで」

「今後の事?」

「その……緊急事態宣言解除された後の話」

「あー、もしかして、私との同棲生活が終わっちゃって、寂しいなぁとか、これからもイチャイチャできるのかなぁとか考えてた感じ?」


 俺の思考を完璧に当ててくる萌恵奈。思わず、視線をそらしてしまう。


「えっ……もしかして図星?」

「……察してくれ」

「そ、そっか……」


 二人の間に何とも言えない空気が流れる。

 しばらく無言の沈黙が続く。

 すると、不意に萌恵奈は俺の頭上に置いていた手を離したかと思えば、両手で頭を抱え込むようにしてぎゅぅぅぅっと俺の頭を抱きしめてきた。


「柊太は、私達の同棲が終わっても、イチャイチャしたい?」


 頭を抱え込みながら、萌恵奈が耳元で尋ねてくる。

 俺はコクリと小さく首を縦に振る。


「キスもいっぱいしたい?」

「うん……」


 俺が小声で答えると、萌恵奈が嬉しそうな息を吐く。


「ふふっ……そっか」


 萌恵奈は納得したように答えると、もう一度耳元で囁いてくる。


「なら、同棲が終わっても、いっぱいイチャイチャしよ?」

「でも、どうやって?」

「それは、ホテル行ったり、部屋でこっそりしたり……」

「……怒られないかな?」

「大丈夫だよ。今だって同棲をさせてくれてるんだから、大目に見てくれるって。もし怒られたら、柊太と一緒に怒られてあげる」


 萌恵奈は終始嬉しそうに魔法のような言葉をささやいてくれた。


「そか……萌恵奈もイチャイチャしたい?」

「うん、したい」


 萌恵奈の返答を聞いて、俺は頭を動かして上に向ける。

 同時に萌恵奈も抱える力を緩めて、正面に向かい合う。

 そして、どちらからとでもなくチュっとキスを交わす。


 唇を離すと、萌恵奈はにこやかに微笑んだ。


「これからは、たくさんイチャイチャしようね柊太♪」

「おう……こちらそこよろしく」


 照れくさくもありつつ、誤魔化すようにして俺たちはもう一度キスを交わした。

 俺が危惧していた問題も無事解決して、あらためて自粛期間が終わるまでの同棲期間、萌恵奈と目一杯イチャイチャしようと心に決めた。

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