第18話
世間では、日本全国の一日の総感染者数よりも一日の退院者数の数が上回り始め、医療崩壊という危機を免れ始めているというニュースを朝の情報番組で報道していた。
これからは、外出自粛は避けつつも、ソーシャルディスタンスを保ちつつ、新たなウイルスとの戦いへと局面が移りつつあるとも専門家の意見として挙がっており、首都封鎖の可能性は徐々に可能性としては低くなりつつあるのだということを思ってしまう。
けれど、明るいニュースが出たところで、今月末までは外出自粛により好き勝手外に出れないストレスは相変わらず変わらない。
なんとかして、この危機を早く乗り越えるためにも、今が一番のストレスと葛藤との佳境を迎えているのかもしれない。
そんな中、今日はリビングにいるのは俺一人。
ソファに寝転がりながら、ボケェっとバラエティ番組の再放送を眺めている。
萌恵奈は実家へ帰宅中。といっても、隣の家なので外出時間は10秒といったところ。
両親に『一度戻ってきて顔を見せて欲しい』と言われて戻った。
本当はこういう時こそテレビ電話やグループ通話を使うべきなのかもしれないが、隣同士なら電話するよりも直接顔を見せに行った方が早いということで、萌恵奈は連絡がくるなり即実家に戻っていった。
なんか、萌恵奈がいないと静かだな。
静寂に包まれたリビングはテレビから流れてくる音以外物音ひとつ聞こえない。
改めて、一人暮らしの大学生や社会人は、毎日一人話し相手もおらず、物寂しい生活を送っているのかと思うと、誰かとオンライン飲み会をやりたいという気持ちも分かるような気がする。
俺は別に一人の時間も嫌いじゃないので、数日は何ともなく生活できる気がするけど、これが一カ月や二カ月となると、ノイローゼになってもおかしくないと思う。
一人暮らし民の利点や欠点について頭の中で考察していると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
ソファから立ち上がり、受話器を取る。
「はい」
画面越しには萌恵奈がニコニコ笑顔で立っている。
『帰ってきたよ!』
「おかえり」
『ただいま、ダーリン♡』
きゃぴるーんっと萌恵奈はウインクして見せる。
「今玄関の鍵開けるから、前で待ってろ」
『むぅ……せっかく可愛い彼女が家に帰ってきたのに無視しないっ……』
萌恵奈の愚痴を完無視して、俺は玄関へと向かう。
鍵を開けると、思い切りよく玄関のドアを開け放ち、萌恵奈が不機嫌そうな顔で入って来る。
「ちょっと! なんで途中でブチ切るし!?」
「だって、帰ってくるの分かってたし」
「そういうことじゃなくて、もっと帰って来た彼女に対する迎え方っていうのがあるでしょ!?」
「迎え方? 例えば?」
俺が首を傾げて聞くと、萌恵奈はニヤっと口角を上げて俺を見上げる。
「私、柊太にずっと会いたかったよ!」
「2時間ぶりだけどな」
萌恵奈は一瞬眉根を引きつらせるが、そのまま茶番を続けた。
「2時間でも柊太に会えないのは私にとって死活問題なの! 柊太成分を30分摂取してないだけで、私は心にぽっかりと穴が空いたように寂しさと虚しさを感じるの……」
「そうか、じゃあ俺がいないと何もできないな」
「そうなの……私は柊太がいないと生きていけないダメな子なの。だから、2時間柊太に会えなかったのを頑張って耐えた私に、ご褒美のキスを頂戴!」
両手を広げて、キスをせがんでくる萌恵奈を華麗に躱して、俺は踵を返しリビングへと戻っていく。
「ほれ、まずは手洗いうがいしてきてからな」
「柊太逃げたー!!」
「逃げてねぇよ……手洗ってきたらたっぷりしてやるから、早く上がれ」
「ホントに!? 約束だからね! 言質とったよ!」
「はいはい、言質とられましたよ。はよ行って来い」
「わかったー!」
萌恵奈は靴を脱いで洗面所へと向かって行く。
俺は先にリビングに戻り、ソファの前のローテーブルに置いてあったテレビのリモコンの電源ボタンを押してテレビを消す。
洗面所の方からバシャバシャ手を洗う音が聞こえてきた。
一気に家の中が騒がしくなった気がする。
でも、萌恵奈の喧噪を聞いて、俺はどこかほっとする安心感すら覚えていた。
リビングの扉が開き、手を洗いうがいを終えた萌恵奈が戻ってきた。
「ただいまー柊太!」
たったったと駆けてきて、俺にがばっと抱きついてきて、勢いのままキスしてきた。
俺の萌恵奈を受け入れるようにして、ただいまのキスを交わす。
「んんっーーーーー!! チュっ!! えへへっ、ただいま柊太!」
「おかえり、萌恵奈」
ただいまの挨拶を交わして、再び軽くチュっとキスを交わして、俺達は離れる。
「ご両親、元気にしてたか?」
「うん、めちゃ元気! GWなんて私がいないことを口実にして、二人で老後のシュミレーションごっこしてたくらいだし!」
「仲いいな相変わらず」
西野家のご両親は、夫婦仲がとてもよく、円満な家庭環境が整っている。
老後ごっことか、もし他の家庭でしたら、半日で夫に呆れた妻が『もうあなたと一緒にはいられません』って怒り狂って、離婚危機に発展するまである。
「あっ、そうそう! 柊太との同棲生活はどう? 順調? なんなら、お赤飯炊いて持っていった方が良い? って聞かれたよ」
「待って、西野家話ぶっ飛びすぎだから! 萌恵奈、変なこと言ってないだろうな?」
「うん、『近々嬉しい報告があるかもしれない』って言っておいたよ」
何言っちゃってんの!?
「そ、それに対して、ご両親は?」
「『あら、期待して待っているわ』って言ってたよ」
まさかの親公認。
ま、まあ、自粛期間中に二人の同棲を認めている時点で、ある程度許容はしているんだろうけど、まだ俺達大学生だし、結婚の予定もないからね!?
「でも、毎日柊太がいっぱい求めて来るから、いつできてもおかしくないでしょ?」
「いやっ、ちゃんと考えて物事はやってるつもりだぞ……」
避妊だってちゃんとしてるし。
だ、大丈夫だよね……?
ま、まあもしもの事があれば、俺が腹を括って西野家に乗り込んで、『娘さんを僕に下さい』って土下座しに行くけどさ。
「ってことで柊太……今から部屋行って、愛を育まない?」
「……お前は欲求不満の塊だな」
「……誰のせいだと思ってんの?」
「俺のせい!?」
「当たり前じゃん、三年間もほったらかしにしておいたのが悪いんだよ」
それを出されてしまうと、ぐうの音も出ない。
まあ今日は休日だし、授業もないし、他人に迷惑をかけているわけでもないから、生活リズム崩しても別にいいか。
「わ、わかったよ。ほら行くぞ」
「ふふっ、ホントは柊太の方が欲求不満だったりして」
「ううるせぇ。いいからとっとと部屋行くぞ」
「はーい」
俺と萌恵奈のイチャイチャ同棲生活は、もうしばらく愛を育みながら、続いていきそうです。
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