第12話

 5月を迎えて、GWも終盤へ突入した。


 都内の感染者数は150超だったり、急に二桁で落ち着いたりと安定しない。

 特別警戒都道府県に関しては、5月末までの自粛延期を要請するものと考えられているとニュースで見た。


 GWの観光地では、8割自粛できている場所もあれば、7割程度のパーセンテージでとどまっている所もある。

 最近は、ネットニュースでもウイルス関係のニュースばかりではあるものの、信憑性が定かではない。


 というわけで、今は初日以来のスマートフォン解禁。

 誰か友達から『生きてるかー?』っと連絡でも来てるか期待していたけれど、全部広告や情報メッセージしか送られてきていなかった。


 一通り無料ガチャを回した後、SMSを一通り流し見して、ネットニュースを適当に見繕っていた。

 しかし、スマートフォンを没収されていたのに、あまり必要性を感じないことばかりしていて、少し惨めな気持ちになってきたので、自らスマートフォンを閉じた。


 一方、萌恵奈は友達から多くのメッセージが送られてきていたのか、返信するのに手一杯という感じで、ソファに寝転がりながらポチポチ、シャッシャとスマートフォンをものすごい勢いで操作している。


「えっ……今!?」


 すると、萌恵奈が戸惑ったような声を上げる。

 どうしたのだろうと、遠目で見ていると、困り顔で俺の方を見てきた。


「ごめん、ちょっと電話してもいい?」

「あぁ……うん、いいよ」

「ごめんね! すぐに終わらせるから」


 申し訳なさそうに手のひらを合わせて謝り、ソファから起き上がって前にあるローテーブルにスマートフォンを置く。


 すると、スピーカーモードにしたスマートフォン越しから女の人の声が聞こえてきた。


『もしもーし萌恵奈? 元気?』

「うん、元気だよ。けいちゃんは?」

『元気、元気! ってか体力有り余りすぎて家にいるの飽きた』

「あははっ……まあ、それはみんな同じだと思うけどね」


 俺は黙ったまま盗み聞きしていると、萌恵奈はチラっとこちらを向いて手招きしてくる。


 何だと思いながらも萌恵奈が座っているソファへ腰かけると、萌恵奈が嬉しそうに頭を俺の肩へトンと預けてきた。


「お、おい……萌恵奈」


 萌恵奈はすぐに人差し指でお口チャックのポーズをする。


『ん? 萌恵奈今近くに誰かいる感じ?』

「えっ? あぁ、多分家族の声だと思う」

『あー、そう言う感じね』


 ほっと胸をなでおろすと、萌恵奈は軽く俺を睨み付けてくる。

 いやいや、だって電話スピーカーモードにしてこんな近くでいきなりスキンシップされたら、おいおいって突っ込みたくなりますやん。


『んでさ、しばらく授業WEBで会えないじゃん? だから、WEB飲み会しよってことになっててさ』

「あぁーっ。そうなんだ」


 少し苦い口調で言葉を返す萌恵奈。


「私、ちょっときついかも」

『えー? どうして?』

「いやぁ、うちけっこう大きな声で電話してると、うるさいって親に怒られるからさ……」

『イヤホンすれば平気っしょ!』

「それと、私の部屋、今見せられる状況じゃないっていうか……」

『大丈夫、あたしも部屋汚いし、似たようなもんだって!』


 困り果てたように、助けてと懇願するような視線を送ってくる萌恵奈。

 いやっ、助けを乞われてもこっちはじゃべることすらできないんですけど!?


『ってか萌恵奈、彼氏とビデオ通話したりしないの?』


 唐突に彼氏というワードが相手口から出てきて、思わず身体がピクっと強張る。


「えぇっと……それは……」


 返答に困る萌恵奈。

 俺は萌恵奈の耳元で助け舟を出す。


「幼馴染だから、別に部屋見られても今さら気にしないって言っとけ」

「いやっ……あっ……」


 しかし、突然耳元で囁かれたのが仇となり、萌恵奈が悶えるような声を上げてしまう。


『えっ、どうしたの萌恵奈。 大丈夫!?』


 電話越しから恵ちゃんの心配するような声が聞こえてくる。


「大丈夫、何でもない! とにかく、彼氏に部屋見られるのと友達に部屋見られるのとは色々事情が違うの!」

『えぇー彼氏に見せられるなら、普通友達にも見せられるっしょ!』


 からかうような口調で電話越しから恵ちゃんと呼ばれていた女の子は言ってくる。だが、すぐに諦めたようにため息を吐いた。


『まっ、彼氏が幼馴染だと昔からお互いの趣味とか知ってるし、そういうもんか!』

「そうそう! そんな感じ」


 恵ちゃんは、勝手に幼馴染の彼氏だから、今さら小汚い部屋を見られても恥ずかしくないと解釈してくれたらしい。


 再びほっと胸をなでおろすと、眉を顰めた萌恵奈がむぅぅっと唇をとがらせて睨みつけてきている。

 ちょっと拗ねたような顔がこれまた可愛い。


 そんなことを思っていると、唐突に萌恵奈が唇を丸めて目を瞑り、俺の方へ顔を上げた。


 えっ……ちょっと待って。

 この状況でキスしろと!?


 思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。

 萌恵奈がキス待ちしている間にも、電話越しからは恵ちゃんは話し声が聞こえてくる。


 俺は、緊張しながらゆっくりと顔を近づけていき、萌恵奈の唇にチュっと口づけをした。


「ッチュ!」


 あっ……ヤベ。いつもの癖で唇から離すときにリップ音を上げてしまった。

 ドキっと心臓が縮む。

 だが、当の萌恵奈は気づいた様子もなく、もう一回キスをおねだりしてくる。


 俺はもう一度、今度は音をたてることなく軽く口づけをしたのだけれど、萌恵奈はもっとねっとりとしたキスをご要望だったらしく、友達と電話していることを忘れているかのように、ついばむようにキスをしてくる。


 何度も響き渡るキスの音。

 電話越しでは、『萌恵奈?? おーい、萌恵奈ー??』っと、恵ちゃんが呼びかけている。


 萌恵奈は恵ちゃんの呼びかけにお構いなしに、俺をソファに押し倒す形で抱きついてキスをせがんできた。

 友達と通話中にもかかわらず、チュッチュっと音をたててキスを交わす俺と萌恵奈。

 恵ちゃんがいつリップ音に気づいてもおかしくないこの状況に、ハラハラドキドキしてしまう。


『あれーなんか音は聞こえてるんだけどなぁ……。向こうが聞き取れてないのかな。一回切るよ!』


 恵ちゃんはそう言い残して、ピロンと電話を切ってしまう。

 どうやら、何かしらの音は聞こえていたらしいが、キスの音だとは思っていなかったらしい。

 ほっと胸をなでおろすのも束の間、電話が切れたのを皮切りに、チュバチュバわざと音をたてるようにして激しいキスを求めてくる萌恵奈。


 こいつ……どんだけ危ない橋渡ってるかわかってんのか!?

 バレてたら処刑者だぞ!?


 萌恵奈にとって、この自粛期間は、友達とのコミュニケーション<俺とのイチャイチャらしい。


 全く、どんだけイチャイチャしたいんだよ。

 まあ、それを受け入れちゃう俺も、人のこと言えないんだけどね。

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