第9話

 ようやくトレーニングを終えた頃には、二人ともくたくたになっていた。

 もちろん、真剣にトレーニングに打ち込んだこともあるけれど、その倍以上に結局はキスばっかりしていた。


 トレーニングで酸素量が足りないにもかかわらず、キスをひたすらしていたため、お互い鼻息が荒くなり、まるで違う意味で興奮しているかのように思えてしまい、キスもヒートアップしてしまったらしい。


 唇がふやけるほどのキスを終えて、ふと我に返ると、お互いトレーニングとキスのせいで、服が身体にべたつくほど汗を掻いていた。

 筋トレもイチャイチャもして、汗までビッショリ。

 結果的に、いいトレーニングになったのかな?


 萌恵奈はしばらくキスの余韻に浸るように呆けていた。

 けれど、ふと服がべたべたする感触に気が付いたのか、眉間を寄せて気持ち悪そうな顔をする。


「うわっ……汗で服が張り付いて気持ち悪い」

「だな」

「シャワー浴びたい」


 俺も萌恵奈に同意見。

 シャワーでべたついた身体を洗い流したい。


「そうだな。なら、先入っていいぞ」


 俺が萌恵奈に言うと、萌恵奈はむぅっと顔を膨らませる。


「そこは、一緒に入ろって誘ってくるところじゃないの?」


 ベッドの上で見ていても、お風呂で萌恵奈の裸体をまじまじと見るのは、まだハードルが高いのです。


「いやほら、お互い汗臭いし……」

「別に、今だってずっと汗臭いのにキスし合ってたんだから変わらないよ」


 それを言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 けれど、ここはなんとしても一緒に風呂に入るのだけは阻止しなくてはならない。

 理由は簡単。さっきまでキスしていたおかげで、色々と我慢できそうにないから。


「とにかく、一緒に風呂はなし! ほれ、早く行った行った」

「えぇ……私は一緒に入りたいのに……」


 ぶつくさと萌恵奈が文句を垂らしていると――


 クションッ!


 盛大なくしゃみをしてしまう俺。

 すぐに手で押さえたけど、今のご時世、飛沫、危険!


 すると、萌恵奈はぱっと真剣な顔になり、俺の背中を押した。


「ほら、男の人の方がシャワー早いんだし、先に入っちゃいな。風邪ひくよ?」

「えっ、でもそしたら萌恵奈が……」

「そこは大丈夫! 私、結構身体強いから!」


 わざとらしくマッスルポーズをして、平気だと言って見せる萌恵奈。

 それなら、お言葉に甘えて先に入らせてもらうことにしよう。


「悪いな、それじゃあ。すぐ浴びてくるから」

「うん。行ってらっしゃい!」


 萌恵奈に見送られて、俺はリビングから出て、部屋から部屋着と下着を持ってきて、風呂場へと向かった。


 シャワーの温水が冷え切ってしまった身体をじわりじわりと温める。


「ふぅ……」


 身体にシャワーをかけながら、至福のため息を吐く。

 しかし、のんびりしている暇はない。

 リビングでは、萌恵奈がシャワーを待っているのだから。


 俺は急いでシャンプーで頭をゴシゴシ洗い始める。

 そして、シャワーで頭を洗い流している時だった。


 風呂のドアがガチャガチャっと激しい物音を立てる。

 なんだ、なんだ!? と思いシャワーを一旦止めてドアの方を見た。


「なんでカギ掛けてんのよ馬鹿柊太!」


 ドア越しから聞こえてくる萌恵奈のむすっとした声と肌色のシュルエット。

 やっぱりな……。


 珍しく萌恵奈が俺を気遣って先に風呂に入れさせてくれたから、何か裏があるなとは思っていた。萌恵奈が俺がシャワーを浴びている間に、ちゃっかり風呂へ突撃してくるのを予想して、念のため鍵をかけておいて正解だった


「お前こそ、こんなところで何してるんだよ。もう少しで上がるからちょっと待ってろ」

「上がらないで! 私がそっちに入るから鍵開けて!」

「いやっ、だから一緒に風呂には入らねぇって言ってんだろ」

「もう私全部脱いじゃってるから寒いの! お願いだから開けてください!」

「もう一度服着て、リビングで待ってなさい」

「……クション!」


 言い争っていた最中、ドア越しから萌恵奈の可愛らしいくしゃみの音が聞こえてきた。

 恐らく脱衣所の前で全裸で待機していれば、さぞかし身体も冷え切ることだろう。

 このままだと、萌恵奈が風邪をひいてしまうかもしれない。

 はぁ……ったく、俺とイチャイチャするためなら、どんな手段を使って自分の身体を張ってでも無茶をする、仕方のない奴だ!


「ちょっとそこで待ってろ」


 俺はシャワーを出して髪の毛を洗い流して、ハンドタオルで軽く頭を拭いてから下腹部に巻いて股間を隠す。

 そして、ドアの鍵のロックを解除してやる。


「ほれ、早く早く入って来い」


 こうなったらもう無の境地。

 今から目の前にこれから現れるのは裸体の萌恵奈ではなく、肌色の岩石と自分に言い聞かせる。


 よしっ! 洗脳完了!

 俺は腹を括って、萌恵奈と一緒に風呂に入る覚悟をきめた。


 その直後、ガチャリと無造作に扉が開け放たれ、萌恵奈が風呂へ入って来る。


「うぅぅぅぅ……寒い、寒い、寒い、寒い!」


 扉を後ろ手で閉じた萌恵奈は、そのまま俺に抱きついてきた。

 その瞬間、ピタッと冷たくて、ぷにっと柔らかい萌恵奈の身体のあちこちが俺の身体と触れ合い、無の境地計画は瞬時に破綻する。

 こんなん岩石なんて考えるの無理! マシュマロのように柔らかくて……と、蕩けちゃうよぉぉぉ!!


「あぁ……柊太あったかいー」


 俺の火照った身体に抱きついて、満足そうな声を上げる萌恵奈。


「ちょっと待て萌恵奈! せめて、前をタオルで隠せ!」


 俺の眼下には、萌恵奈のむにゅりと潰れた生おっぱいと胸の谷間が俺の身体に張り付くようにして凄いことになっている!


「えぇ? 裸で抱き合ったことあるんだし、いまさら別によくない?」


 良くない! 非常に良くない! 

 だって、今は正常な理性を保っている状態だもの。

 こんなんずっとされたら、一瞬で色んなものが昇天して吹き飛ぶ!


「俺に抱きついてないで、とっととシャワー浴びて身体洗って温まれ!」

「はぁーい」


 萌恵奈もさすがに寒いのか、素直に従ってくるっと向きを変えて風呂椅子に座る。

 俺はくるっと踵を返して、萌恵奈が身体を洗っている間、出来るだけ萌恵奈の裸体を見ないようにするため、浴槽の掃除をして湯を張ることにした。

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