Alphekka Meridianaー27ー

 ミュティレアで残っていたのは、確認作業だけだった。

 先発の伝令で必要な事を伝えている以上、事務仕事はもうほぼ済んでいた。後は形式ばった民会での裏付け作りだけだ。自由市民の懐柔や買収はネアルコスが済ませているので、否決の不安もない。派兵の予算の承認、そして、亡命メタセニア人部隊の編成と指揮系統の確認、派兵規模の確認、必要な船の数にその輸送計画。

 プトレマイオスが立てた計画は完璧で、油断も隙も無い。


 肩透かしされたような気さえする台本通りの民会後――。

「さすが、かつて俺の指導をしていただけはあるな。完璧な準備じゃないか」

 からかったつもりは無かったんだが、プトレマイオスはどうも俺が思っていることとは逆に解釈したようで軽く俺を小突いてきた。

「ここ数年、商売に関する事務仕事ばかりだ。上手くもなろう」

 ……どうも、ネアルコス同様、追放処分で裏方として金儲けに勤しまなければならない状況を良くは思っていないらしい。

 だが、俺としては逆の考えなんだけどな。

「先のことを考えるなら、損はないだろ」

 うん? と、大きな二重の瞳で俺を見つめ返すプトレマイオス。ネアルコスが、都会のここでも、プトレマイオスだけは美男で通っているというのも頷ける優雅な仕草だ。

「王太子が即位すれば、皆は国に帰るんだ。以前のように酪農をこじんまりとするわけでもないだろ、もっと大きな場所で辣腕を振るってくれ。そのためには、金勘定も出来る様になっとくべきだ」

 嘆息したプトレマイオスは、口が減らないとでも言いたげの様子だったが、並んで歩く三歩の内に真剣な表情になり、顔を俯けた。

 民会が行われたアゴラから、兵士たちへの演説準備で議事堂へ向かう柱廊の途上、一歩分の距離で振り返る俺。プトレマイオスは真剣な眼差しで問い掛けてきた。

「皆は、なんて、まるで、その場にお前がいないような言い草だな」

「言葉の綾だ。……どうした? やけに神経質になってるな」

 暗い空気を嫌って、今度はからかい混じりに明るく訊ねたつもりだったんだが、プトレマイオスの表情は変わらなかった。

「結婚の話とエレオノーレ殿のことがあるからな」

 ああー、と、軽く唸る。

 俺としては、ずっと前から心そのものは決まっていた。ただ、エレオノーレの様子から、それを表明できなかっただけで。後、変に誰かにそれを喋っちまったら、意図しない形で二人に伝わりそうだったしな。

「体良く利用して捨てたと周囲には思われる、か?」

 先にネアルコスと話していたおかげで、エレオノーレを気遣う方よりも外面を意識して言う事が出来た、と、思う。

 だが、プトレマイオスは俺が思っていたのとは逆のことを指摘してきた。

「メタセニア人だけを連れて行くという今回の方針、そしてお前が結局エレオノーレ殿をどっちつかずの立場にしておいたことから、上級の指揮官はお前がメタセニアに鞍替えする事を危惧している」

 目を瞬かせる。

 どういう理屈でそうなったのか、理解出来なく……は、無い。息の掛かった部隊のみを辺境に集めるなんて、俺だって反乱の準備だと思う。

 だが、普段の俺の行動を鑑みてくれるなら、結局最終的には利を追求する事に気付きそうなモノだけどな。アルゴリダの件も、罠の可能性はあったが、事実だった場合に得られるものは大きいと判断したんだし。メタセニアで軍閥化し、小国の支配者となった所で、それで満足出来るほど俺は無欲じゃない。

 ……なんて事を考えていたんだが、俺の沈黙をどうもプトレマイオスは機嫌を悪くしたと勘違いしたようで、硬い表情のままで付け加えてきた。

「念のため付け加えるなら、私もネアルコスも、そして、ラオメドンをはじめとする主だった者はそんな心配をしてはいない。が、それだけお前を必要だと思い、その反面、奔放さを危惧している者も多いのだ。他人は、その人の過去の情報から人となりを判断するしかないんだからな。人の上に立つことで私に偉そうに講義したんだ。今のお前なら、私の言いたいことがわかるな?」

 無言で頷く俺。


 確かに、な。何度も顔を合わせていれば別なんだろうが、レスボス島、トラキア、テレスアリアとあちこちの戦場に向かっているせいで、情報からしか俺を判断できていない兵士も多い。また、マケドニコーバシオを追放されてミュティレアに移った後、兵士から自由市民になったものや、逆に他国の人間を軍団に引き入れたりしているので、追放王の友ヘタイロイの一団と括っても、細かく見れば人の出入りは少なくない。

 俺ももう十代のガキじゃないんだし、結婚もすると決めた以上、少しは行動を改める時期、なのかもな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る