Algolー2ー

 俺が事前に準備していた塒をやや拡張させ、なんとか生き残りの二十名が一晩休めるだけの場所をこしらえることが出来た。やや、というか、かなり狭いがな。それでも、三分の二の人員が一度に横になれる程度の広さはあるし、三交代で周囲を見張らせるつもりなので、休息がとれないこともないだろう。

 とはいえ、経験不足の兵士達は、さっきのただの一戦で随分と疲弊していた。ラケルデモンにもまだこんなのが殺されずにいたんだな、と、呆れを通り越して、どこか感心してしまいそうになる。叱りつける気も失せた。

 簡単な食事――炒った大麦を緩く煮て、塩とほんの少し魚の干物で味をつけた程度だが――と、傷を負ったものの手当てを済ませた後、薄暮の時間は全員を休ませることとし……。

「レオ」

 顎で促すと、俺の意図を理解したのか、周囲の連中に休むように言ってから、レオが俺の後を付いてきた。

 斥候が目的の半分、そして、もう半分は……。


「内通者は、分かっているのか?」

 野営地まで声は聞こえず、しかし、なにかあればすぐに対処出来る距離を維持して俺はレオに問い掛けた。

 内通者? と、首を傾げたレオ。

 それがふりなのかどうなのか微妙な面――まあ、元から無表情ではあるんだが――だったので、つい早口で捲くし立ててしまった。

「港に監視が無かった。ここに来るまでの道でも、なんとなく怪しい程度のヤツも居るにはいたが、その程度だ。ラケルデモン軍の噂も少ないことを鑑みるに、かなり局所的に軍を展開している。居場所がばれているとしか思えない」

 既に、駆け引きをする場面ではない。アルゴリダを安全に脱出するために、全面的に俺に協力すべきだと分かると思うんだがな。

 レオは少し考えている様子だったが――。

「否定します。大凡の位置を把握されたのは、アルゴリダ王家との接触のためであり、今回、こちらの居所を知られたのは、おそらく補給物資を買いに出た際に尾行されたのかと。その……長く、足止めされておりましたから」

 結局は、そんなありきたりな言葉を返しただけだった。

「ん? 事前に協力を確認していたんだろう? 裏切られた理由に心当たりは?」

 あんな中途半端な伝言が俺に届き、かつ、それだけの期間移動しなかったことを鑑みるに、ここの権力者とはそれなりに話は出来ているのかとも思っていたんだが……。

「いえ、当初はアーベル様の御祖父様と懇意にされておりましたコンリトスへと向かう手はずでしたので。アルゴリダには、コンリトス側からの支援を打ち切られた後の交渉となってしまい」

 あのジジイがコンリトスと?

 確か、当時のアギオス家は内政を担当していたと思うんだが……ああ、そうか、交易のための都市の開放について何らかの外交折衝があったのかもしれない。んで、それも市民レベルでの他国との交流を善しとしない連中の恨みを買っていた、と。

 当時は幼過ぎて、見えていないことが多かったが、思いの外、俺の家には敵が多かったようだな。

 ……っつか、レオが、どっか俺も知っていると思って話してるのも腹が立つがな。確かにアクロポリスにいた頃、お前から教育は受けてたが、そこまで突っ込んだ話は聞かせてもらえてなかったろうがよ。外交機密は特に外に漏らせないんだし。

 ラケルデモンを離れる際にも詳しく伝えられなかったのが理由のひとつだが、随分とお互いに思い違いをしている部分があるようだな。

「コンリトス側の心変わりに心当たりは?」

「戦局により、民会での方針が変わることはよくございますので」

 レオも薄々気付いてはいるんだろうが、前提条件が覆るような可能性は考えたくないということらしい。俺は、ありきたりな弁明をそう判断した。

 虫でも払うように左手を軽く目の高さでヒラヒラさせ、半笑いで付け加える。

「戦局ってか、戦争景気だろうな。アテーナイヱが篭城して、ラケルデモンも無理攻めせず包囲し続けている以上、軍需物資は高騰し、また、その物流の管理でもかなり儲けられる。コンリトスが、お前等を受け入れたかった意図がどこにあったのか正確には不明だが、多分、最初から、現政権側の転覆までは考えてなかったと思うぞ?」

 俺に対する怒り……だけではなく、窮状を招いた自身の判断力、そして、裏切った――多分、かつてレオと親交のあった人間に対する憤り、多分、そうした感情からだと思う。

 レオの左腕が強く握られている。いや、それだけでなく。肩を怒らせてる感じから、失った右腕も強く握っているのだと思った。


 ふ――、と、長く息を吐く。

 今になって気付いたんだが、どうも、レオは意外と騙され易い人間なのかもしれない。自分自身の意志が固いから、相手もそうだと無条件に考えてしまっている。仲が良かった人間は、ずっと仲が良いままだと思っているような節がある。

 きっと、だから、この状況になっても俺に助けを求めることが出来たんだと思う。普通なら、あの程度の伝言、無視されていてもおかしくない。

 俺が来たのは、あくまで余裕があったからだ。レスボス島攻略軍は、きちんと編成された軍だったし、王の友ヘタイロイも俺以外に二人も参加していた。だから、曖昧な情報でも賭けてみることが出来たのだ。もし、ラオメドンとネアルコスが居なければ、俺はきっとあの伝言を無視していたと思う。

 まあ、レオという人間が、情に厚いとも言えなくも無いのかもしれないが、愚直っていうか……。あー。もしかしなくても、俺の爺さんは、レオのそうした部分を上手く補って親友の関係になっていたのかもな。


「単に、身代金とかで決着させるつもりだったのか、交易に対する便宜を図ってもらうためだったのか、もしくは、ラケルデモン軍をつかって邪魔な国を攻めてもらいたかったのか。まあ、それは既にアテーナイヱを攻めてるし、今後どうなるかはコンリトスの商業政策次第だが」

 いや、事はもっと複雑なのかもしれない。想像の域を出ないが、どこかの誰かがレオ達をコンリトスへ向かうように誘導しているようにも感じる。それ以外の手段を上手く塞いでいるって言うか……。

 あちこち旅をして分かったが、この世界には本当に色々な人間がいるんだ。頭の良いヤツも居れば、単純すぎて予想を裏切るヤツも居るし、謀が上手いのや、商才があるヤツと曲者揃いだ。

 未だに損害の少ないアテーナイヱ海軍を引き寄せるために、レオ達をコンリトスへと向かわせたがったラケルデモン内の勢力もありそうだし、アカイネメシスがラケルデモンを支援することを快く思わない誰かが脅迫の材料としてこの二人を押さえたかったのかもしれない。いや、そもそも、レオが伝言を頼んだアカイネメシス側が、その情報からラケルデモンとコンリトスとの同盟関係に楔を打ちたくて偽情報でレオ達を躍らせた可能性だってある。

 要因がひとつとも限らない。

 直接的に関わっている国家は、ラケルデモン、コンリトス、アルゴリダだが、ラケルデモンと戦争中のアテーナイヱに、対アテーナイヱで協力関係にあるアカイネメシスにとっても重要な案件となる。

 権力者の複雑な思惑が、たまたま今回の舞台をあつらえたって所か。ただ――。

「いずれにしても、事が済めば殺されたはずだ。違うか?」

 レオが唾を飲み込んだのが、喉の動きで分かった。

 考えたくは無かった話、なんだな。

 ただ、ここまでの俺の話から、もうその可能性を無視できなくなったんだろう。俺もそうだが、基本的に、レオも異母弟も生きていられると邪魔だと思う人間が多過ぎる。

「その前に――」

「逃げる、か? いや、事前に察知というなら、あのガキを奪取した後になって梯子を外されないように、向こうの有力者も人質の意味で今回の作戦に参加させれば良かっただろ? もしくは、別の保険をかけておくべきだったんだ。急にアルゴリダと交渉しても、そりゃ良い返事は来ないさ。違うか?」

 レオは口を噤んだ。図星を衝かれたのかもしれないし、そうできない理由があってそれを説明するつもりだったのに遮られて気を悪くしたのかもしれない。

 まあ、どっちでも現実は変わらないんだけどな。それ以前の部分でこれだけ追い詰められてるんだし。

 レオの性格的に、陰謀を嗅ぎ別けるのは苦手そうだし。

「根回し不足だな。そして、現在の国際関係を読み切れていなかった。外交は疎かにするなよ。ラケルデモンを日頃持ち上げてくれている同盟国とはいえ、腹の中では何を考えているのか分かったものじゃないんだからな」

 レオがまとう空気から言い過ぎたことには気付いたが、口から出た言葉は戻せない。

 なにか、上手い慰めというか、話題転換が出来れば良いんだが……どうにも、俺は、そういうのが苦手だった。

「……ま、いい。ここに居る人間は信用できる。お前、そう判断していると分かっただけで今は充分だ」

 ので、適当に話を打ち切り――。

「俺には俺のやり方がある。お前の指揮では既に詰んでいたんだ。後は俺に従え」

 レオの軍人としての本能に訴えた。

 昔、痛い目を見たから分かる。この程度の組織で裏切りに対して備えていないことは致命傷になると。そう、あの船の連中を指揮していた時と状況が酷似している。

 大丈夫だ、今度は上手くやれる。前よりももっと。

 そう、命の優先順位は決まっている。このガキを俺がマケドニコーバシオへと連れて行く。そのためには、他の人間の犠牲は厭わない。無論、レオの生存さえも必須ではない。みんな仲良く無事に、なんて局面では既に無い。足手まといは、都度、時間稼ぎとして使い潰させてもらう。

 レオにそういう命令が出せないのなら、指揮を任せる意味はなかった。

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