Kornephorosー14ー
中々開かない関所の仕事に軽く溜息を吐き、人の流れに沿って市場の探索を続ける。
物価に関しては、なんとも言えないな。安過ぎて怪しい物――まあ、略奪品や戦場の死体の持ち物を無産階級から安く買い叩いたんだろうが――も多いが、逆に不自然なぐらい高値をつけてる物もあるし。
まあ、知識のあるヤツは妥当な値段まで値切るだろうし、遊び半分で戦見物に出てるような連中からは暴利ってるんだろう。なんの知識も無く出歩く方が悪いので、騙されているヤツを見ても見て見ぬふりして歩を進める。
が、前のヤツの足が止まった。
つられて足を止めると、目の前には人垣が立ちはだかっていた。
――ッチ。
軽くしたうちして掻き分けて見ると……。
都市部のように、段が設けられているわけではないが、奴隷を並べて仲買人に売る戦場商人のせりが行われていた。
きょとんとした顔で周囲を見回している八つぐらいのガキ。その横には、襤褸になって布地が少なくなったペプロスと呼ばれる一枚布を着たというよりは巻きつけただけと言った様子の三十近い年増女が並び、使い道が無さそうな老人が二人に、暴れるためなのか手枷足枷で拘束された男が続いている。
一番人気は、ガキか。
まあ、あの面子じゃそれも仕方ないんだろうが。
ふと――、意図せずにガキと目が合った。
なにも理解していない、無垢な瞳が向けられている。いや、ガキなんてみんなそんなものだ。そこに、なにか、もしくは誰かを重ね合わせているわけじゃない。
少なくとも俺自身の場合は、どこか遠い他国ではなく、ラケルデモン国内に捨てられて、通常の教育を受けることが出来て幸運だったと思うだけだ。
一人二人奴隷を買うぐらいの金の余裕はある。しかし、ここにはやたらと正義感を振りかざすバカな女はいないし、俺はムダな買い物をする趣味も無い。
そんな簡単に、誰にでも差し伸べられるものではないんだ。救いの手、なんてのは。
そんな些細なことに……なんだか理由も無く腹が立って、俺はその一角を離れた。
今度は敢えて人の少ない方へと足を向けていると、いつの間にか武器を売る屋台へと迷い込んでいたらしい。
揉み手で擦り寄ってくる商人に、苦笑いを返す。
俺の装備はかなり特徴的らしい。いや、ヘタイロイの仲間と行動を一緒にしていたので、今となっては自覚がないわけでもないが。
旅人や伝令に紛れるために、鎧も盾も兜も着けず、普段着と同じような丈夫なウール布を右肩を出すエクソミスに着こなし、足を動かしやすいように短めの丈となるように腰を帯できつく締め、夜陰に紛れやすいように紺に濃く染めた外套をポルパイ――針で布をとめる銀の止め具――で留めている。
明らかに素人ではない。なのに、防具を身につけていないとなれば、戦地で装備が壊れた上客だと思われても仕方が無いのかもしれないな。
まあ、技量が劣るなら、鎧で防ぐことも必要だと思う。市民を中心とした重装歩兵なんかがその典型だ。
しかし、鎧は動きの制限が大きいため、日常的に鍛えている俺としては、好きじゃなかった。盾を装備すれば両手で剣を握れないし、兜は視界が遮られる、鎧なんて肩から脇から動かし難い場所だらけだ。攻撃動作を制限されて、なにが面白いんだか……。
着たとしても腹当か胸当てだけで、掛け値なしで身につけるのは、脛当程度だ。
そもそも、鎧で攻撃を受けるのなんて、最悪とまでは言わないが、その一歩手前の状況だ。動けるうちに敵の攻撃をかわし、斬り掛かり、疲労で足が止まる前に、敵陣をすり抜ける。
それに、俺の指揮する部隊は、軽装歩兵を中心としているので、遊撃を旨としている。装備の重量で動けない遊撃隊なんて、なんの意味も無いだろう。
誰になにを言われようとも、その戦い方を変えるつもりは無い。
そう、自分自身の戦い方を変えるつもりは無いんだが――。
「鎧兜は要らん。剣か槍は?」
しきりに盾を進める武器商人を押しのけ、一番大きな屋台の奥へと足を進める俺。
やはり、武器は気になる。
剣なら、今腰に下げているような
青銅の市販の剣なんて、二~三回振っただけで柄と刃の継ぎ目で折れるは、一本の青銅から打ち出した物でも刃や刀身が歪むはで、到底実用に適さない。
今腰に下げてるのだって、飾りとして身につけてるって言っても過言じゃない。
「ああ、はいはい、槍を折ってしまわれましたか? それは大変お困りでしょう」
男としては声の高い店主が、マケドニコーバシオで一般的な、大人の背丈の三倍ほどの長槍を――。
「ああ、違う違う。槍なら投擲用の短いものだ」
それでしたらと案内されたのは、見せの横手の野晒しに置かれた木箱の方で、乱雑に剣や槍が積まれている。
「まだ未整理ですが、だからこその掘り出し物も――」
検めるまでも無い。トラキア人からの略奪品で、俺の一番嫌いな青銅製の肉厚の鈍器のような剣だった。
「もっと良いものは無いのか?」
ひとつも手に取らずに、鼻で笑って訊き返してみる。
まあ、こんな場所だし、元から期待してたわけじゃないが……うん、期待していたわけじゃないんだが、あんまり面白くないな。
真顔になった店主は、もったいぶって背中から牛革と木で丁寧に仕上げられた鞘の剣を取り出し、得意そうに掲げて抜いた。
「なんとこれは黄金加工に定評のあるトラキアで、神剣として祭られていた金の――」
「いや、だからよぉ……青銅だからな、それ」
青銅の剣は、銅の色が前に出る安物に始まり、程々に錫を混ぜた黄金色の儀礼用、錆び難いように錫を多量に混ぜた白銀色の剣に大別される。
マケドニコーバシオでは、槍が主兵装なおかげで、質の悪い黄金色の剣が目立つ。まったく、嘆かわしいことだ。
「いかがですかな? 土産話がてら一振り。ここだけの話、お値段は、勉強しますよ」
呆れた目を向ける俺と、全く悪びれもせずどうぞどうぞと勧めて来る店主。
これだから商人は。
「そんな非実用的なものは要らん。剣は飾るより振って楽しみたいんでね」
「これまた、随分と勇ましい!」
と、やはり男にしては甲高い声でお世辞を叫び、周囲の人の耳目を集め、俺と言うよりは周囲の通行人に聞かせるように次々と武器を――。
「鉄の武具は無いか?」
すでに俺は客では無いと見ているところ申し訳ないんだが、最終確認として店主に尋ねてみる。
「いやぁ……」
愛想笑いが、全てを物語っていた。
それならこっちも用はない。
そんな、丁度話を切り上げた所で――。
「おうい」
と、声を掛けられた。
うん? と、聞き覚えの無い声に、呼ばれた方を視線で探ると……。
「イマティアの家紋の確認が取れたぞ」
早歩きで俺に向かって手を振っているのは……ええと……、ああ、関所の兵士だ。
意外と、と言うと失礼かもしれないが、律儀なヤツだったんだな。
戦場ではそれほど使えなさそうな感じだけど、裏方としてはまあまあだ。
「もう開くか?」
「直だ」
武器屋を出て、関へと急ぐ。
中部の大商業都市イルマティア在住の貴族って事になっているからか、さっきの店主の甲高い声が、目の肥えたお客がうちの商品を選んでいたとかなんとか客をまた寄せている。
ふふん、と、軽く鼻で笑うと置いていかれた兵士が苦笑いを浮べた気配がした。
中々に、民衆というのも、逞しいというか、強かというか。
レスボス島攻略作戦では、そんなのを相手取らなければならないんだ。
王族に毒を盛るより簡単だと甘く見て、足元を掬われないように注意しなければならないな。
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