Aspidiskeー4ー
マケドニコーバシオの商人との接触や、それ以外の商人とも渡りをつけるのは、ご意見番を中心とした商人連中に任せ、俺は買い上げた原料皮と共に先に宿へと戻ったんだが……。
「市に行ってたの?」
宿の入り口で、エレオノーレに捕まった。
「ああ」
肩に担いだ皮の束と、背中に背負っている毛皮の類を下ろす。
「おい、誰か。内職用の部屋へ運んでくれ」
エレオノーレのどこか強張ったような表情の感じから、少し長引きそうだと思い、近くにいた連中に命じる。すると、気を利かせたつもりなのか、ホールに居た五人全員で荷物を持って、そそくさといなくなってしまった。
いや、こういう場面では俺よりもエレオノーレの方が扱いが難しいって分かってきたからなのかも。
空になった手を腰に当て、エレオノーレに向き直る。俺が口を開く前に、エレオノーレが俺の鼻っ面に叩きつけるように言った。
「なんで私には声を掛けてくれなかったんだ?」
露骨に不機嫌な声だ。
「はぁ?」
すっとぼけてみるが、エレオノーレは返事をせずに俺をただ見ている。
一拍後、ふう、と、溜息をついて溜息と同じ調子の台詞を付け加えた。
「仕事だぞ?」
「分かってる」
「いいや、分かってない。お前、また変なの助けてトラブル引き起こすだろ。自重を覚えろ。それが出来るまでは留守番だ」
ぐ、と、奥歯をかんだエレオノーレが一瞬俺を睨んだが、すぐさまパンパンと、自分の顔を叩いて気合を入れ直したようだった。
意外な行動に目を丸くすると、いつも通りというとなにか語弊があるが、最近の不景気な面じゃなくなったエレオノーレが大きな声で宣言するように言った。
「次は、私も行くから!」
どう返事したものか悩みながらエレオノーレの様子を窺う。煙に巻こうと心が固まり掛けた時に、やや下手にお願いするような調子でエレオノーレが言葉を続けた。
「置いてかないでって言ったよね?」
前髪を掻き揚げる。
顔を上げ、見下ろすような目を正面のエレオノーレへと向けて、最終確認をする俺。
「分かってるんだな?」
その台詞から、前の戦争に加担することになった時を思い出したのか、エレオノーレは肩を強張らせた。
俺の言いたいことが多少は察せているようだったので、そのまま畳み掛ける。
「お前の不用意な言動が巻き込むのは、今は俺だけじゃない。お前が助けたいって騒いだここの連中も、不利益をこうむるんだぞ?」
念を押せば、ハッとした顔になったエレオノーレは、ちょっと恥ずかしそうに俯いた後、真っ直ぐに俺を見た。
「あ……。うん、その、アーベルがそういう時は上手く注意してよ」
「だから、仕事で行っているって言ってるんだが……」
常にエレオノーレだけに気を配れない。だから、余計な事をする余地の無い後方においておきたいってのが本音だ。
しかし、梃子でも動きそうに無い力強い眼差しに根負けして――まあ、今は人も増えているんだから、気の利く人間を選んで何人かで見張らせればいいと思ったというのが本音だが――、放たれた矢と同じで真っ直ぐ突き進むこの女にどれだけ意味があるかは分からなかったが、最終確認を行う。
「俺が手が離せない時は、他の連中の言うことを――って、お前は元々、俺以外の連中の言うことは割りと素直に聞くか。いいな? どんな場合も、行動する前に相談しろ、約束できなければ連れて行かない」
「うん。……わかった」
頷いたエレオノーレは、どこかすっきりしたような顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます