Aspidiskeー1ー

 キルクス達によってもたらされた情報から、戦争は春に終わると予想し、俺達は積極的な準備に入った。参戦への準備ではない。その予備段階である、金を稼ぐことで、戦費を調達するという行動だ。


 今日は、ドクシアディスと仲間内の腕利きの商人連中――商売における参謀やご意見番といったところだ――を伴って、月に一度の大きな市へと繰り出している。

「穀物の値段だ」

 ドクシアディスから、走り書きのメモを受け取る。が、一瞥しただけで突っ返した。

「村の仕入れ値、手間賃を勘案すると、売りに出すって値段じゃないだろ。買い増すのも意味が無い」

 人件費や、輸送に使った荷馬車の代金、そうした経費を頭の中で弾き、返事をする。一応、後ろの連中にも諮ってみるが、俺と同じ意見のようだった。この値なら、飢饉に備えて自家消費用に貯蓄しておいた方がましだ。

 もっとも、売りに出すのを見越して調達していたので、自家消費だけなら一年半分の量を保持しており、過剰在庫気味ではあるんだがな。


「お、武器もあるな」

「大将、商売を忘れないでくれよ」

 槍や剣を束で売っている店に自然と足が向くと、横に立っているドクシアディスからそんな諫言をされてしまう。

 まあ、数打ち物は俺は買わないし、戦場でかっぱらった剣も槍も鎧に兜もたっぷりとまだ残っている。少しずつはこの町や、町に仕入れに来た商人に捌いてもいるが、在庫の方がまだかなり多い。買う必要は無い、無いんだが……。

「一振り、見るぞ」

 と、店主にことわってから、鞘を外す……論外。

 鞘に戻した黄金色のブロンズの剣を店主に突っ返して踵を返した。青銅は混ぜる金属の量で色が変わる。そして、こういう実用性に劣る銅の多い金色の剣の方が、派手で腕の無い兵士には好まれていた。黄金のようで見栄えがするというバカみたいな感覚のヤツが少なくないせいだ。

「鉄の剣や槍も普及はしているが、地域差はあるさ」

 ドクシアディスが、多分俺が日頃から色々言っているせいで覚えた知識――鉄の武器の優位性――を元に、そんなことを口にした。

 ギリシア世界ヘレネスは南部の都市と比べれば、北部は発展が遅れている。経済基盤が弱いせいか、文化的にも技術的にも南部の都市国家及んでいない。

 近くの他の店先にあった、青銅のインゴットを軽く日に翳して質を確認して、再び店先に戻す。国によってインゴットの形は様々だが、手斧状のここの青銅のインゴットは質が悪い。ここで通貨や貴金属を得ても、純度の問題で南部の都市国家には降ろせないだろうな。

「青銅製でも、錫の多い白銀色のものならまだ錆び難いし使い勝手の意味でも理解出来るんだが……な」

 ラケルデモンも、あの国民皆兵政策と経済引き締めが始まる前は、かなりの冶金技術を持っていた。ほかの都市国家よりも一歩抜きん出ていたと言っても過言ではない。そのおかげで、国体が大きく変わって以降も、鉄製の武器防具には事欠かなかったしな。

 ただ、錆を嫌う海洋国なんかが、鉄よりはまだ錆び難い青銅を使い続けてるせいで、港町に並んでいる品には青銅製が多いんだろう。事実、あのアテーナイヱとアヱギーナの戦争で鹵獲した武器防具は、青銅製の物が多かった。

 それを俺の一存で、鉄の武器を残し、青銅製の物を市場に出させている。

 ちなみに、鉄の錆は、商人や兵士以外の人間の内職作業の一環として磨かせていた。

「鉄のインゴットは、扱いが、な」

 青銅だって、手入れしなければ青緑色の錆が沸くだろうに、ドクシアディスがどちらかといえば先入観で凝り固まった返事を寄越した。

 言い返そうかと思った時――。

「ここが革商品の取り引き場所、なんだな」

 と、後ろの参謀連中から口を挟まれ、視線を前に戻す。

「競りなのか?」

「場合によりけりだが、冬場で農産物が少ないから、売りに出すやつが多かったんじゃろ」

 はぁん、と、適当な返事を返して、品質を確認しつつ値動きを見守る。

 この辺りは、アテーナイヱと比べると物価は全般的に安いようなんだが、その分、品を卸す際には安値になってしまう。仕入れるのは、保管がきく物で、かつ、船の女子供が加工出来るものにしなくてはいけない。

 俺達は、キルクスの船に乗り込んでいた革職人のおかげで、獣の皮をなめす技術――針葉樹の樹皮を使い、作った煮液の濃さを調整しながら何度もしみこませ、下処理した後、油を再度滲み込ませたり、複雑な工程をたどる――を有しているので、原料皮を加工し、商品として付加価値をつけて売りに出すことが出来る。

 仕入れるのは、牛皮に……ああ、羊毛もいいか、糸にしたり織ったりするのはそんなに難しい作業じゃない。他には……イタチの毛皮に、熊皮、種類が多いな。

 まあ、詳しくない俺が交渉するより、後ろの専門家に任せたほうが無難なので、一頻り品質――皮膚病の痕や、狩る際についた傷――を確認した後は、後ろの商売における先人に任せ、様子をしばらく見守ることにした。

 一任した途端、壮年の御意見番達は、競りへと加わっていった。


 …………。

 ふうん、あまり値を競わないんだな。

 買い上げる時は、一気に始まりの値の二倍から二・五倍まで吊り上げ、そこから競ってくる相手が来れば降りている。他の誰かが先に値をつけた場合は、そもそも参加しない場合が多い。

 消極策のようにも見えるが、買い入れている量と使った金の量を頭で計算すると、割りと俺等が儲けているようだ。

 ふうん。

 流石は商人、色々な作戦があるんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る