夜の終わりー2ー
「誤魔化せたのかね?」
ひょっこりと船室から顔を覗かせたドクシアディスが、どこか悪戯っ子のような顔で訊いてきた。
コイツは、あの村を丸く治めてから、こうした無邪気な顔をすることが増えた。元々は陽気な性質なのかもしれない。楽天的って言うか……大人になりきれていないと言うか……。甘い男は、甘い女以上に嫌いなんだがな。
「多分、大丈夫じゃないか?」
キルクスは政治屋なので、内面を表に出さない訓練はしているだろうが、若さのせいか隙も大きいのが分かっている。意図して作っている部分も多分には――エレオノーレの同情を引いた一件など――あるだろうが、本質的にはまだまだだ。
ラケルデモンでの常在戦場で培った俺の観察眼で見るに、ばれてないと考えて間違いは無いだろう。
ちなみに、本隊は帰還しないんじゃなくて、出来ないのが正解だったりする。俺達が、先遣隊が築いたあの拠点に火を放ったから。
元々火責めの準備が完了していたし、秋が始まって空気が乾燥しつつあったのも味方した。
浜まで煙が充満していたし、あいつ等は明日の朝までは足止めされてるだろう。
また、それだけ大きな出来事なんだから、もしなにか別の手段で連絡が来ているとするなら、町はもっと騒ぎになっていなければおかしい。
ま、これから更に派手にやらかすんだから、正規軍に近付いてもらわれると困るしな。
「まだ起きてる人間が多いからな。真夜中を待とうぜ」
船縁に背中を預け、空を見上げる。秋の乾燥した空には、真っ白な半月が掛かっていた。星は、町中で焚かれている篝火で消えている。
国力が拮抗していた相手に勝ったんだ。夜通し祝い続けるに違いない。トロイア戦争の故事も顧みずに、な。
「了解」
そう短く言ったドクシアディスは、一眠りするつもりなのか階段を下りていった。俺も今のうちに寝ておこうかと思ったんだが……。ドクシアディスと入れ替わりに、バカが来た。
正直、最後の最後でドタバタし過ぎたので、頭も身体も疲れ切ってるから、言い合いとかしたくないんだがな……。
「その……アーベル。祭り、だって」
「だから?」
見ればわかることを言ったエレオノーレに対して、どうしても険が表れてしまう。
「行って来いって話だよ!」
ドン、と、船室に降りたとばかり思っていたドクシアディスがエレオノーレのうじうじしてた背中を突き飛ばした。
完全に油断しきっていたエレオノーレが、俺に覆いかぶさるようにして倒れこんできた。
「おい!」
展開に頭が追いつかず、胸の中で完全に硬直しているエレオノーレを抱え、ドクシアディスを怒鳴りつけるが、飄々とした顔で言い返されてしまった。
「まだ時間はあるだろ?」
どうやら、コイツ等は俺を休ませようって気は全く無いらしい。
首根っこ掴んでエルを引き起こす。
息が掛かりそうなほどの距離に、エルの顔がある。どこか不安そうに揺れているグリーンの瞳には、俺の顔が映っていた。
「行くのか? 祭りに?」
「うん」
戸惑った顔をしている割に、そこだけはしっかりと頷かれてしまった。
「……ったく、祭りで買うものは割高だから嫌いなんだがな」
ひょいとエルを放って立ち上がる。そのまま船縁から桟橋へと飛び降りれば、エルは、飛べなくは無いだろうにわざわざ縄梯子を降ろして上品に降りてきあがった。
「欲しいものかなにかあるのか?」
エルが俺の横に並んだのを確認してから、町の中心部を目指して俺は歩き始めた。
「ん――」
悩んでいる様子のない唸り声だった。
「……実は、少し、ふらふらしたいだけ。その、アルとも話したかったし」
俺の左側に陣取るエルを思わず睨みつけてしまう。だって、と、エルは目を伏せた。
ああ、まあ、狭い船の中では二人で話すってこともあまり無いからな。この戦争に加担したことの是非とか、そういうのを話したいんだろう。逃げてた頃は、よく話題を振られたし……しかし、船には今は女衆もいるんだから、そいつ等と喋ってればいいだけではないか?
いや、戦闘に関しては、女衆とは話し難いとかあるのかもな。てか、女って女同士でなにを喋ってるんだろう?
もっとも俺には関係ないといえば、そうなんだが、な。
「なにを話したいんだ?」
展開を先読みして促してやるが「ん――」と、さっきと同じように鼻を鳴らすばっかりで、エルはちっとも会話を始めなかった。
ふぅ、と、溜息をついて人の流れを目で追う。
前に来た時も栄えてはいたが、アレでも戦時中だったんだな、と分かるぐらいの活気が町から溢れている。
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