Hoedus Secundusー6ー
翌朝、朝食として出された炒った大麦と干した果物を甲板で齧っていると、帆柱の頂上付近の籠で周囲を警戒していた兵が、大声で叫んだ。
「敵発見! 敵発見!」
「アーベル!」
ドクシアディスが船室から飛び出してきた。
俺は上に向かって鋭く問い掛ける。
「何隻だ?」
「二隻。三段櫂船ひとつ、大型ガレーひとつ」
指し示す方向へと移動してみるが、敵船はまだ遠く、甲板からははっきりとは認識出来ない。この辺りは、海洋民族との差を感じる。が、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「それ以外の方向は?」
「異常ありません!」
取り敢えずの賭けには勝った、か。
悪い目じゃない。一隻が理想だったが、用兵の基本は多数の味方で少数の敵を潰すことなんだし、敵も哨戒だったとしても単艦でうろうろさせて損害を出したくないんだろ。
それに、相手の戦力が大きければ、一隻を囮にもう一隻は増援を呼びにいける。そんな編成なのかもな。
「キルクス、ガレーは任せるぞ」
「え? 三段櫂船の方に飛び乗るんですか? 最新鋭艦ですよ?」
船尾で操船を指示しているキルクスに告げて戦闘準備を始めると、戸惑ったような声が返ってきた。
「だから良いんだろ? 先遣隊の全員を脱出させるなら、どの道、もう一隻船は要るんだ」
言い終えた瞬間、敵の船と正対するために旋回を始めた船が、横波に大きく揺れた。
突っ立っていられない。膝と片腕を甲板につけて転がらないようにバランスを保っていると、この場面で一番聞きたくない声が響いてきた。
「アーベル」
エレオノーレがフラフラと揺れながら俺の方へと駆け寄ろうとしたので……余裕が無かったから、蹴って船室の入り口の方へと転がした。甲板に這い蹲りながらも、非難の目を向けてくるエレオノーレ。
しかし、敵船に飛び移るなんて無茶をするのに、エレオノーレを連れて行けるはずは無い。
「邪魔だ。来るな。おい! 誰かソイツを船底に押し込んどけ。怪我させんなよ」
船室の出入り口を固めている兵に向かって俺は叫んだ。
「と、投石兵の援護が終わるまで、伏せててくださ」
一隻目の横腹をすり抜けるために急な方向転換を何度も繰り返しているせいで、上下の揺れで浮かされたキルクスが着地に失敗し、甲板に転がった。
「分かってる。お前は下がんねえのか?」
腕を掴んで海に向かって転がるのを止め、エレオノーレと同じように階段の方へ放り投げようかと思っていると。
「二隻目を沈めるための、指揮は、ボ、僕がしないと」
まあまあ根性を見せた台詞に俺は苦笑いし、しかしこのままほっといて勝手に海に落ちられても困るので、槍兵を呼びつけた。
「おい! 誰か! 盾でこいつの回り固めとけ!」
「す、すみません。で、ですけど、本当におひとりで、その、二百人から敵の乗る三段櫂船を?」
とはいえ漕ぎ手が百四十程度で、武装している兵士は六十前後ならたいした数じゃない。混乱に乗じて三~四十も殺せば船から海へ逃げるだろ、陸も近いんだし。
もっとも、明日の敵を増やしたくないから、出来る限りは殺すつもりだが。
「問題ねえよ。船の横幅はせいぜい三~四人立てば埋まる程度の広さだ。囲まれなきゃ後は単なる作業だ。奪うのは容易い」
むしろ、見た感じガレーの方が横幅が広い。乗員の数はどうだかわからんが、囲まれる危険があるのはガレーの方だし、もし、船倉に詰まっているのが三段櫂船に補給するための糧秣ではなく、揚陸部隊だったらかえって遣り難そうだ。
「敵艦、来ます! 先頭三段櫂船、後方にガレー、縦隊」
声に弾かれるようにして敵艦へと視線を向ける。
速度が違う二隻らしいな。フェイントかもしれないが、それにしてもガレーが遅れ気味な気がする。
いや、その性能の差を利用して一隻目を避けた後の隙に二隻目が突っ込む作戦か。
大丈夫か? と、キルクスを見るが、船の機動に参ってはいるようだが、操船の指揮に関しては自信があるようで、大きく頷き返された。
ドクシアディス達に視線を移す。
どうやら、投石兵は両手の塞がる弓兵と違って、左に盾を構えて右腕を頭の上に突き出して投石器を振り回すのが基本的なスタイルのようだな。
最初疑問に思っていた半端な大きさの盾は、海戦用として見れば有効な防衛兵器だった。
成程、陸戦のファランクスには小さいが軽装歩兵用の盾としては動きの邪魔になる程度の大きさなのは、屈んで防御しつつ隙を見て上半身を出して投擲するためか。
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