Hoedus Primusー9ー

 話がまとまってすぐに若いのを集めさせ、目的の人数を確保し、汚れた服を俺が持参したアテーナイヱ人の服に着替えさせる。

 俺のように白い羊毛の一枚布ではなく、安い旧王国産の若干色むらのある亜麻布だが、無産階級としてなら十分通じる。着こなしは、アテーナイヱの連中を観察して覚えていたので、右肩で布を止め左肩を露出させエクソミス、革のベルトで裾丈を調整させる。

 髪は、ギリシア人ヘレネスの男子なら、短髪が普通なんだが、多少はしょうがない。今、下手に髪を切らせた方が、余計怪しくなる。

 身だしなみを最低限整えさせたら、見張りを無力化したあの場所を通って貧民街の外へと抜け……。

 門に向かって、決めたとおりのリズムで長く、短く、そして最後に長く口笛を吹く。

 ヒュイと、短くエレオノーレが口笛を吹き返した。よし。

「なんだ?」

 ドクシアディスが訝しげな顔を俺に向けた。

「見張りは、俺が外へ出た時のヤツじゃなく、交代しているらしい」

 一人で出たのに帰りは三十一人なんだ。同じ門番とは鉢合わせたくない。


 白々しい顔で、進入時に落とした兵士を起こす。落とした時、俺の顔は見られていないはずなので、堂々としていれば攻撃されたことは思い出さないだろう。

「どうした? こんなところで寝るなよ?」

 わけが分かっていない顔で俺達を見たアテーナイヱ兵。

「あー、どうやらアンタ小石に蹴躓いて頭を打ったらしいな。大丈夫か? 門に戻るか?」

「あんたがたは?」

 さっとアテーナイヱ兵の顔に不審な色が浮かぶ。

 背後が少しざわついたが、俺は意に介さずに堂々と答えた。

「ああ、俺等はこの戦争で雇われたラケルデモンの人間なんだ。アヱギーナ人がどんなモノか見にきたら、アンタが倒れていて、な?」

 後ろのドクシアディス達に、思わせぶりな目配せをすると、微妙な笑みで頷き返された。

 ったく、アテーナイヱを嫌うのも分かるが、偽装している今は我慢しとけっつの。

 ううん、と、アテーナイヱ兵は頭を振って立ち上がろうとしてが足がもつれたようだった。

「どら、肩を貸してやろう」

 腕を取って、城門へ向かって歩き始める。

「すみません」

 二重三重に利用したアテーナイヱ兵に礼を言われるというのも、なんだか変な感じがした。


 具合の悪い兵士を連れて来たので、人目をそちらに集められたからか、後ろにアヱギーナ人を連れていても、全く怪しまれずに城門も突破出来た。

 もし見咎められたとしたら、こっそり何人か始末する必要もあるかと思ってたが……。思いつきでも、案外なんとかなるものだな。尤も、次も同じ手が通用するって保証もない作戦だが。

 ま、無駄なことをせずに済んだんだし、ここはこれでよしとしよう。


「エレオノーレ」

 ちょっと不安そうにぽつんと門番の詰め所近くで立っているエレオノーレを呼び、後ろを指差して自慢するように俺は続ける。

「俺の兵隊だ」

 エレオノーレは、呆れたような目で閉口した。

「アンタの女か?」

 尋ねるドクシアディスの声にからかうような色はなかったが、つまらない質問には変わりないので俺は冷たくあしらう。

「違う、が、お前の上官になるは間違いないぞ。口は慎め。それと不埒な真似もするなよ。首を斬り落として晒すぞ」

 多少は脅しを混ぜたつもりだったが、そもそもドクシアディス達は、それほど興味が無いのか肩を竦めて見せてすぐに話題を変えてきた。

「服はありがたいが、装備はどうする気だ?」

「市販品なら、なんとかなるさ」

 戦時で鎧兜の価格が上がっている今は、ガキの救出報酬としてキルクスから頂いた銀貨だけでは足りないが、これまでに貯めてた金の八割程度を放出すればなんとかならないことは無い。

 元々略奪した金なんだし、こんなところでけちけちしたってしょうがない。使うべき時に使うことで、金の価値は何倍にも膨れ上がるのだ。

 が、しかし……。

 ん――、む、軽い財布は気が滅入るな。兵隊見せた上で前金とでも言ってキルクスから金をせびるとするか?

 ま、投資だ投資。


 近くの鍛冶屋に入り、「戦争の準備だ」と短く言って、財布を丸ごと会計台に乗せる。店の主人は、財布の中の銀貨や鉄貨の山に目を丸くした後、大急ぎで貨幣の重さや質を確認しだした。

 何人かが口笛を拭いて囃し立てたが、さっさと物を選べ、と、目で命じて追い立てる。

「随分と気前が良いな」

 ドクシアディスが含みのある顔で俺を見た。

「そうでもない。命を張ってもらうんだからな」

「裏切られたらどうする気だ?」

 僅かに試すような色を顔に浮べたドクシアディス。

 鼻で笑って俺は応じた。

「決まってるだろ?」

 一拍間を空け、満面の笑みを浮べてから俺は続けた。

「皆殺しだ。無論、あっちの連中もな。一人も残さん」

 ドクシアディスは、肩を竦めて見せてから自分の装備を整えるために店の奥へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る