Castorー3ー

 どうしたものか、と、心の中でぼやくのと同時だった。戦闘が始まったのは。

 パチンと、隊長格が指を鳴らした瞬間、四人が同時に剣を抜いた。抜くその瞬間に、突きかかる俺。クソ、思考の虚を衝かれ一歩遅かった。初撃は難無くかわされた。槍の取っ手を脇腹にぶつけ横に薙ぐ動きに変える。ひとりを軽く引っ掛け、もうひとりの重心を微かにずらせただけ。

 と、その時、腰を回転させた隙に、死角に入った右から斬りかかられた。

 横に飛んで地面を転がり、適当に狙いもつけずに槍を突き出して下がる。クソ、ジリ貧だ。追撃は来なかったが、それは、無駄な怪我を負わないためであり、じっくりいたぶって疲れさせる作戦なんだろう。

 態勢を立て直し、深く息を吐く。

 息に合わせ、身体を沈めて一番近くにいるひとりの足目掛けて突きかかった。対象の一人が下がりつつ、他の二人が右に回り込んできて、最後の一人は左の逃げ道を塞ぐように、遠回りに展開した。

 正面のヤツは――攻撃をする気が無いのが見え見えだ。右の敵に気配を集中する。斬りかかられるかというその刹那、槍を地面に突き刺し、槍に左手を沿え、右手を逆手に持ち直し、空高くへと飛び上がった。

 世界が、ひどくゆっくりと動いている。

 目標を失った右に展開していた二人の剣が空を斬っている。左の一人が、事態を素早く判断したのか、急激に方向転換してこっちに向かっている。俺の真下にいる最後のひとりは、思考に空白が生じたのか一呼吸の間そのまま動けずにいて――、慌てて振り上げられた剣は、槍で弾いた。

 真後ろに降り立った瞬間、槍を棄て、背後を取った敵に抱きつくように密着し、相手の腰の短剣を抜き、滑らせるように腹を横一文字に裂く。ドロッとした血と内臓の感触が手の甲を濡らす。

 すぐさま長剣を奪って首を刎ね飛ばして止めを刺す。

「ッ……。ハ、ハァッツ!」

 息が上がる。絡んだ痰を深い息と共に吐き捨てる。無理させた左腕が、今になって猛抗議している。治りかけの傷が広がり、血が滲むのがわかった。

 なんとか距離を、と、考えたのは一瞬。息を整える間も無く、左の男が間合いを詰め上段から斬りかかってきていた。

 自分でも悪足掻き程度なのは分かっているが、剣で防御しようと構える。この一撃には間に合う。が、次が続かない。ちくしょう……!

 歯を食いしばって、せめて相打ちに、と、衝撃の瞬間に備える。

 しかし、一呼吸の後に振り下ろされるはずだった刃は、落ちてはこなかった。目の前の男が横に倒れる。

 聞き覚えのある声が、名前を呼んだ。

「アル!」

 倒れた男の背後で、エレオノーレが抜き身の剣を構えていた。

「バカ!」

 突き出された心配そうな顔に向かって怒鳴りつけると、子供みたいに膨れたエレオノーレが言い返してきた。

「助けたのにそれは無いじゃないか!」

 心の……。心のどこかで期待していた。でも、そんな弱さが自分自身の中にあるのが嫌で蓋をしていた。来るな! と、叫びながら待っていた。

 その表情が、どうしても、愛おしくて。理詰めの言葉しか出てこない。

「俺を無視すれば、そのまま出国できたものを。大体、もう付き合う義理は無いだろ?」

「そんな事は無い。また私の用事の半分はアーベルの手の内だ」

「アァン?」

 単純な勧誘ではなく、思ったよりも難解な言葉を投げ掛けられ、真意を量れずに目を細めると、微かに口角を下げたエレオノーレに強気に引っ張られた。

「いいから、いつもみたいに決めてくれ。アルは、最強なんだろう?」

 フン、と、鼻で笑って態勢を立て直す。

「その通りだ」

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