Wasatー8ー
「すぐには、無理かもしれないけど……分かり合っていこうよ」
「嫌だ。殺したければ俺の怪我が癒える前に殺せ。こんな好機はもう無いぞ」
バチバチと草を打つ雨の音しか聞こえない。
いや、エレオノーレの息をする音が聞こえる。濡れた服と服が擦れる音。身体が動く些細な音。そのうち、心臓の音までも響いてきそうだ。
「憎いんだろ、俺が?」
「……うん」
首筋にかけられたエレオノーレの息が熱かった。
それも当然だ。さっきまで打ち合っていたんだから。
でも、汗は雨で完全に流され、引いていた。
服が肌に張り付く。
エレオノーレの肌の熱が濡れた服越しに伝わってくる。そして、多分俺の熱も同じようにエレオノーレに伝わっている。
「でも、もう、ふたりぼっちじゃない。この広い世界で。アーベルがいなくなったら、私は本当にひとりぼっちなんだよ?」
「だから?」
「ひとりは嫌なの、そばにいて」
「フン、甘ったれるな。鈍臭くて不器用なくせに」
その言葉を最後に俺は目を瞑り、身体の力を抜いた。エレオノーレとの距離が零になる。
「うん……。ごめんね。ありがとう」
そのまま雨が止むまでずっと――、エレオノーレにきつく抱きしめられたままでいた。
ひとつの秘密を胸に隠したまま。
エレオノーレが知らなくて、俺だけが知っていることがある。それを知られたなら、この女は、きっと同じ台詞を口には出来ないだろう。
圧倒的優位にいた旅立ちの日には、気にしなかった事実。俺は、エレオノーレにとって、他のラケルデモン人よりも強く憎まれて然るべき場所にいる。
ただ、それを俺は――口に出せずにいた。酷く利己的で、自己中心的な感情ゆえに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます