Wasatー5ー
一夜明け、俺はそうでもないがエレオノーレは充分に回復していたので、動き始めることにした。
流石に野晒しで寝るのは一夜で充分だったし、追手の動向も知りたかったので、川で十分に水を汲み、周囲を探索する。
山の近くは川になっており、俺達が飛び降りたところは見上げると首が痛くなるような高い場所だった。崖はいまひとつ安定していないのか、時々土砂が崩れ、川を浅く広くしていた。
「……よく無事だったよ」
しみじみと呟いたエレオノーレ。
「飛び上がるのは労力だが、飛び降りるのは意外と簡単だし平気だ。度胸だけの問題だな。下が柔らかい場所なら、尚更」
俺の言葉を聞いていたエレオノーレの視線が、つ――っと、俺の顔から胸の辺りに下りてきたので、額に頭突きをかます。
「痛い」
「飛び降りた時ほどじゃねえだろ」
フン、と、いやらしい感じの目をしたエレオノーレを鼻で笑って、別の方向へと歩き出す俺。
「感謝してるんだよ」
顔半分だけで振り返ると、左目に映ったエレオノーレの顔は、やっぱりなんだか熱っぽくて嫌な感じだった。
山を背に真っ直ぐに歩くと――。
ダメだな、リュコポーンの群生を抜けると、途端に場所がひらける。腰ぐらいまでの高さのイネ科の夏草に、それよりやや高い程度の葉の硬そうな低木ばかりで、身を隠せる場所が無い。
川に沿って目的地の方へ進むのは……今は自殺行為だな。追手と鉢合わせる危険が極めて高い。
下手に動かず、傷を癒しつつ迎撃の準備をするか。
ラケルデモンの領域を抜けるため、平原を突き進むか。
……普段の俺なら迷わず後者を選ぶが。いや、エレオノーレに戦闘の大部分を任せるとなると、どっちでも相当に危険だな。
周囲の地形を大雑把に把握し、崖から離れつつも川から近い場所で考え込んでいると、エレオノーレが意味の無い提案をしてきた。
「訓練を、しよう」
「あ?」
あの時、じつは起きているな、と、分かっていた。掛けられた言葉の全部は聞こえなかったが、なにかを言われたのは分かる。
だが、今、こういうことを言い出されるとまでは思わなかった。
この女は、時々、本当に自然に俺の機嫌を逆撫でるよな。自殺志願かなんかなんだろうか?
「木の棒で稽古しても意味は無い。同じことを言わせるな」
「武器は、ないだろう」
無造作に言ったエレオノーレをジロリと睨む。だが、今の俺には大したことが出来ないとわかっているからなのか、その顔は平然としたものだった。
ふう、と、溜息をついてから言う。
「抵抗はする」
「は?」
聞こえていただろうに、分かっていない顔で訊き返してきたエレオノーレ。そういう切り返しは、俺が一番嫌いなものだ。
どうしても眉間に寄ってしまう皺をそのままに、俺は務めて無感情に言い放つ。
「殺したきゃ、建前なんて掲げずに掛かって来ればいい」
苦笑いのエレオノーレは、少しだけ口を閉ざし、やや間があってから本当にすまなそうな声で答えてきた。
「アーベルのその怪我は、私のせいだ」
「甘いことを言うな」
叱りつけたのに、どこか呆れたような顔を返されてしまう。
「アーベルは、私にどうされたいのだ?」
「さっき言った。殺したければ掛かって来い。ただし、俺も全力で抵抗する」
「もう私には無理だ」
諦めたような笑みを浮かべるエレオノーレ。
「アァ!?」
凄んでみせても、覇気の無い顔は変わらない。クソ、いつか――今回の借りを返した後で殺してやる。
ッチ、と、舌打ちひとつで視線を逸らせば、エレオノーレの声が逸らした俺の視線を追ってきた。
「いずれにしても、戦えないのを善しとは思わないだろう? 貴方は」
それは、言われるまでもないことだった。
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