第3話 鑑識は語る
「被害者の名前は山宮コノカ。フリーの在宅イラストレーター。K市のアパートで独り暮らしをしていた。先週の8日、アパートから異臭がするって通報を受けて、大家がカギを開けたところ、死後3日程度たった山宮コノカの遺体が見つかったってワケ」
『死後3日程度?』
スノウが聞き返した。
「被害者の部屋で冷房がガンガンに効かされていてね。正確な死亡推定時刻が出せなかったんだ。知ってると思うけど、死亡推定時刻っていうのは、室温でだいぶブレるんだよ」
私はPC画面を眺めた。そろそろ次の対戦が始まるようだ。
「鍵を開けて中に入った大家はびっくり仰天、リビングに死体が転がってるときたもんだから。頭部はバキバキに割れてるし、ほかほかに腐ってると来た。。すぐに警察に通報、そうして我々K県警の出番ってわけさ」
『時雨くんは現場に行ったのかい?』
「行ったよ。小奇麗な女性の部屋って感じだったな。だけど彼女の職業柄か、いろいろ機材があったな。ペンタブとかディスプレイとか。
鑑識も人手不足だから、私が現地にサンプル採集に行ったわけだけど……ああ嫌だったなあ、私は科学者なんだ、犬みたいに地面に這いつくばって毛根を取る作業だなんて……いっぱいゴミもでてくるし、髪の毛とか、ツメとか、ネジとか、プラスチックの破片とか……汚いし……なんか臭かったし……そもそも……」
私がぶつぶつ言っていると、スノウがため息をついた。
『愚痴はいいから早く話してくれ』
「……はいはい。最後に彼女が生きている姿が確認されたのは、5日の夜8時。夜食を買いに近所のコンビニへ出かけたのが最後。彼女の姿は防犯カメラにも残っているし、財布のレシートも残ってたから、これは間違いない」
私はPCの傍に置いておいた栄養ドリンクを飲んだ。
「山宮コノカの死因は、後頭部強打によるもの。かなり固いもので、何度も殴られてる。被害者に抵抗した後はなかったから、顔見知りの犯行か、不意を突かれたんじゃないかって推測されてる」
『凶器は見つかってるのかい?』
「ううん。現場にはそれらしいものはなかったんだ」
『容疑者は?』
「そうだな、容疑者は3人いるんだ。ええと……」
私はおしゃべりに夢中になってしまっていることに気が付いた。何が楽しくて、ゲーム中に仕事の話をしなければならないのか。
PCのロードが終わり、ゲームが開始されていたので、私はマップを探索し始めた。
何か武器落ちてないかなぁ。フレンドのスノウは、さっそく敵を撃破している。
手榴弾。うーん、これ使うの苦手なんだよな……。今はスナイパーをしたい気分だから、スコープが欲しいんだけど……。
『容疑者は?』
私が武器探しに夢中になっていたせいか、スノウがもう一度私に聞きなおした。
「ええと、容疑者その1は、被害者の客だ」
私は観念して、スノウに話を続けることにした。
『客? 被害者は、フリーのイラストレーターじゃなかったのか?』
「うん、イラストレーターだったよ。正確に言うと、3Dのモデリングもしていたみたいでね。その関連の会社と、よく取引をしていたらしい。
彼女の顧客に広川寛治という男がいたんだがね。何度も彼女に依頼するうちに、どうやら彼女自身と深い仲になったらしくて」
私はため息をついた。
「おまけに、広川は世帯持ちなんだ」
『不倫か』
スノウがため息をつきながら、ゲーム上の敵を撃破した。5キル目である。彼は今日調子がいいらしい。
「不倫相手の女を殺す……まぁ動機としてはありがちだね」
『彼に犯行は可能だったのか?』
「むっつかしいこと聞くなあ。被害者の死亡推定時刻にかなりブレがあるって話はしただろう?」
私は答えた。
「彼はその週、東京出張に行っていたんだ。最後に生きている被害者が確認されたのは5日の夜。広川が東京出張に出かけたのは5日の昼。広川が出張から戻ってきたのは7日の夜。死体が発見されたのは8日。
確かに広川は東京出張だったけど、K市と東京は新幹線2時間で繋がってるんだ。おまけに広川はビジネスホテルをシングルで使っていたから、アリバイも微妙でね。
だから、広川に犯行は可能ともいえるし、不可能ともいえる。被害者がいつ死んだのかはわからない以上、はっきりとは言えないんだ」
『なるほどねぇ』
マイクの向こうのスノウが頷いた。
『他の容疑者は?』
「容疑者その2は白井珠美。独身。職業はSE。被害者とはイラスト専門学校時代の同級生で、現在も親交があったんだって」
『彼女はどうして容疑者になったんだ?』
「それが、彼女は被害者の部屋の鍵を所持していてね。被害者は打ち合わせで出張に行くことが多かったらしいんだけど、その間、飼っている文鳥の世話を白井に頼んでいたらしいんだ」
『それだけで容疑者になりえるものなのかな?』
「まぁ被害者の交友関係、ものすごく狭かったからね……」
私は人のことが言えないので小声になった。
「加えて、山宮コノカのスマホ、最後に連絡を取っていたメッセージが白井珠美だったんだ。事情を聞きに白井珠美宅に尋ねたら、白井がものすごく動揺してね。それで容疑者入りってワケ」
『まぁ、友人が殺されれば動揺ぐらいすると思うが……。それで、白井に犯行は可能なのか?』
「それが、わからないんだ」
私はわからないことだらけで嫌になってきた。
「まず、犯行は可能。白井は被害者の家を知っているし、間取りも知っているし、鍵も持っている。おまけに白井は一人暮らしで、いつ家を抜け出してもバレないし、凶器の用意も隠ぺいも可能なんだ。
だけど、白井に犯行は不可能なんだ。だって、凶器はかなりの重さがある鈍器なんだよ? 被害者が在宅中にもかかわらず部屋の中に侵入し、気づかれることなく、素早く近づき、目の前で凶器を振り上げ、そして何度も何度も、素早く被害者を殴り殺す!女の細腕でね! これはかなり難しいし、実質不可能だよ」
『ふむ、確かに、反撃されることなく人間を殴り殺すのは難しいな……こんなふうに』
ゲームの中のスノウは何を思ったのか、敵キャラの背後に回り込むと、そのまま後頭部を強打した。敵は音もなく倒れて経験値になった。
『こんなことができるとしたら、ゲームのキャラだけだな』
「加えて、白井には何の動機もないんだ。金に困っていたわけでもないみたいだし、被害者との仲も良好だった。恋人はいないみたいだったし、恋愛のもつれってわけでもないみたい」
『白井のことはよくわかったよ。……最後は?』
「うん、容疑者3の大野宗次。26歳、不動産業の会社員。被害者の恋人。白井とも広川とも面識はある。我が無能なるK県警は、彼が犯人だと決めている。その決定的な点は……」
私は突然目の前に現れた敵を撃ち殺した。
「彼の趣味がゲームだから」
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