I am here (1)

「リーダー!」

「お、珍しいな。お前が俺を『リーダー』って呼ぶなんて」


 サークル本部になっている北高校の部室、扉を開けて駆け込んだ私に、部長席に座ったリーダーはデスクに足を乗せたまま応えた。


「からかわないでください!そんなことより本当なんですか、先輩が『負けた』って!」

「いや、リーダー呼びが正しいんだよ。続けろよ」


 呆れたようにリーダーは言った。その言葉に、私が訊ねたことを否定する意味は含まれていなかった。それが意味するところを理解した私が愕然としていると、リーダーは小さくため息をついて、肩をすくめながらこともなげに言った。


「題材が悪かった。まったく、慣れないことはするもんじゃないな」

「そんなことありません!先輩の作品はいつだって最高なんです!」

「よせやい。照れるぜ」


 そう言って先輩はにやにやと笑う。勢いあまって口から飛び出した言葉に、一拍遅れで顔が燃え上がる。私はぷい、と顔を背ける。


「べつに褒めてません。先輩は桜ノ丘最大サークルのトップなんですから、最強で、最高でないと困るんです。副官として。そのあたり、もっと自覚を持ってください」


 桜ノ丘Re:ニュータウンのラクガキストは、大部分が3大サークルに所属している。私たちのサークル『RED RODEO』はその中で最大のもの。領地もだいたい3分割されていて、自領内では自由に落書きをすることができる。そのかわり他サークルの領地に断りなく落書きをすれば、侵略とみなされサークル幹部が対処にあたり、上書きもしくは『白黒決着Black or White』で消される。そういった意味でサークルのトップであるリーダーの圧倒的な画力は、戦略兵器にも似た抑止力の役割を果たしているのだ。


「今回の件で、領地の安定性は大きく失われました。そのあたり分かってますか?」

「俺が負けたって、幹部の画力が落ちたわけじゃないさ。すぐに落ち着く」

「……もしかして、敵対サークルによる『委員会』の買収?先輩、強襲をかけますか?」

「よせよせ、そんなんじゃない」

「そんなことなんで分かるんですか!」


 食ってかかる私にリーダーは呆れたように大きなため息をついて告げた。


「俺を負かしたのはサークル未所属の新入生だ」


 それは、今日一番の衝撃だった。


「そんな……そんなはず」


 言葉を失う私を見て、先輩はふるふると首を振った。それからデスクの上の足を下ろして立ち上がる。


「納得できないんなら、見に行ってみるか?その作品を。まだ残ってるはずだ」

「は、はい!」

「いい返事だ」


 我に返った私にそういって、先輩は部室を横切るように歩く。ドアに手をかけたところで、先輩はニヤッと笑って振り向いた。


「デートの誘いはもうちょっとスマートにしてくれ」

「ばっ!バカヤロウ!」

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グラフィティー・シティ ストーリーズ サヨナキドリ @sayonaki

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