三日後

 

 土日を挟み月曜日である。いつものように薬剤部での朝礼が終わった後におくすり相談室へ向かった。ほどなく先輩もやってきたので金曜日の顛末について話した。

 「ふむ、セントジョーンズワートか。皆知ってはいるが意外と服用しているケースがそんなに無いからたしかに見逃されがちだなあ。ただ、今回のように薬を多く飲んでいる患者さんでは影響が大きくなることが多い。貴嬢、成長したではないか」

 「先輩の助言のおかげです」

 「私の助言は結局当たってはいなかったので君の実力だよ」

 「たまたまドラックストアに行ったから気付けたので良かったです」

 「言ったろう。モヤモヤを抱えているといつか晴れるきっかけがきっと向こうからやって来るって」

 先輩はそう言い残し自分の病棟へと上がっていった。


 今日は誰か来るかな。そう思っていたところ、目の前に柳田さんが立っていた。

 「薬剤師さん、おはようございます」

 「おはようございます。土日はどうでした? 寝られましたか?」

 「もうね、金曜日は言ってた通りセントジョーンズワートの効果が残っていたのかまだあまり寝られなかったんだけど土曜日からはもう今までのようにぐっすりよね。ぐっすり寝られるって最高に幸せよね」

 「本当ですか。それは良かったです」

 「息子に言ったら申し訳なさそうにしていたけど、代わりにこんどは果物をたくさん買ってきてくれて。食欲もあるから今はそれをたくさん食べているわ。私果物大好きなのよねえ、いくらでも食べられちゃうのよ。あらこれは秘密にするんだったわ」

 「息子さんフルーツを持ってきてくれたんですね。私もフルーツ大好きです」

 「そうなのね。ええと、果物は食べても大丈夫、よね?」

 果物。グレープフルーツジュースはよく薬との相互作用を起こすことで有名である。確かセントジョーンズワートとは逆に酵素であるCYP3A4や1A2の活性を阻害することで薬の効果が増えすぎてしまうためだったはずだ。

「なんの果物ですか?」

「えっとね、りんごとブドウとクランベリーとみかんと梨と、あとグレープフルーツね」

 グレープフルーツ。予感が的中した。

 「ええと、グレープフルーツは薬との飲み合わせがあまり良くないので避けたほうがいいですね。他は食べても大丈夫だと思います」

 「あら、そうなのね。聞いて良かった。じゃあグレープフルーツは薬剤師さんにあげるわ」

 「いいんですか? ありがとうございます」

 私はグレープフルーツはあまり好きではないが、以前先輩が好きと言っていたため、先輩にあげることにした。

 「これで他のは安心してたくさん食べられるわ。ありがとう。じゃあまた病棟で」

 今回はすぐに答えにたどり着き、指摘することができた。私も少しは成長したのかな、と少し得意げになった。

 今日はほかには数人の患者が来たのみであった。水以外で薬を飲んでいいか、とか妊娠しているがこの薬を飲んでいいか、などの質問であり、妊婦への薬の投与については自信がなかったのできちんと本で調べてから返答した。

 その後病棟に上がったところ、柳田さんのもとにはまた息子さんが来ていた。

 「こんにちは」

 「あら、こんにちは。ほらサトル、こちら薬剤師さんよ。グレープフルーツはあまり薬との飲み合わせが良くないんだって。でも他は大丈夫だって」

 「……こんにちは。グレープフルーツはダメなんですね、知りませんでした」

 「いえ、大丈夫です。まさか果物と飲み合わせが悪いなんて思わないですもんね」

 「……そうですね。じゃあ、母さん俺そろそろ帰るわ」

 「あら、来てくれてありがとう。また顔見せてね」

 サトル君は帰っていった。私が来たときには顔がこわばっていたが、帰るときにはわずかに微笑んでいたように見えた。

 「あの子、最近あまり元気ないけど私のことを心配してくれてよく来てくれるの。先生の言葉にすごくショックを受けていたみたいで。大学を卒業して試験にも受かり、ハルツに就職が決まって働き始めたばかりなのに。ほら、私癌ってわかったじゃない」

 柳田さんは検査の結果、膵臓癌の疑いが濃厚となっている。先週主治医よりICがあったばかりだ。そのICには柳田さんの夫と息子も同席していた。

 「なんか職場ではいろいろ、商品の発注とか頑張っているみたいよ」

 なるほど、ハルツは薬剤師以外にも色々な職種の人が関わっており、経営陣は高学歴のエリートが多いと聞く。

 「だからセントジョーンズワートとかグレープフルーツとかも、たぶん悪気はないのよ。わかってあげてね」

 「それはもちろんです。心配して色々助けになりたいという気持ちはとてもわかります」

 「ありがとう」

 私だって自分の身内が癌になったら、色々良い効果がありそうなものを試してみてほしいと思うはずである。そう思いながら柳田さんの病室を後にした。

 その後は机に溜まっていた新しく処方になった薬を配薬し、新しい入院患者の持参薬を鑑別しつつ一日が終わった。

 そのような感じでおくすり相談室と病棟業務をこなし、つつがなく日々は過ぎていった。

 

 ある日、病棟に行くとナースステーションがなにやらざわついていた。

 何事だろうと看護師さんの話に耳をそばだててみた。

 「田さんが」

 「やなぎ」

 「ち」

 「血が止ま」

 「出血が止まらない」

 ドクン、と心臓が大きく脈を打った。

 柳田さんだ。

 すぐに病室に向かった。

 「どうしよう、血が止まらない」

 病室へ行くと柳田さんがベットサイドに座り下を向いて鼻を抑えている。慌てて駆け寄った。

 「大丈夫ですか?」

 「朝からずっと鼻血が止まらないのよ。もうどうすればいいの?」

 紅く染まったティッシュがゴミ箱から溢れて床に散乱している。

 そんな、どうして。どうすればいいの。

 「鼻からの血だけじゃなくて」

 下を向いていた柳田さんがゆっくりと顔を上げてこっちを見、叫んだ。

 「目からも!」

 「口からも!」

 「あなたのせいよ!」

 「薬の飲み合わせは問題ないって言ったじゃない! 訴えてやるわ!」

 そんな。そんな! 目の前に雷が落ちたような衝撃を受けた。


 ……衝撃とともに目が覚めた。

 自分の部屋であった。

 夢か。

 嫌な汗をたくさんかいていた。朝だ。ひとまず汗を流さなければ。

 以前確認した薬の飲み合わせは問題なかったはず。

 お風呂でシャワーを浴びながら、夢で良かったと心から思った。

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