3、16歳の誕生日

 世に『普通』の王家というものがあったら教えてほしい。

 そもそも普通という定義はどこからくるのか。

「馬鹿ね、クローディ。そんなことばかり考えているの?

 あなたのおつむは、もっと楽しいことを求めているわよ」

 甘いケーキをつつきながら、マリーが笑う。

 白い生クリームが官能的な色をした妹の舌にからまる。

 今日は、妹の16歳の誕生日だ。もちろん私の誕生日でもある。内々で祝いたいことがあるとのことで私は呼び出されたのだが……。

 ここは何の部屋だろうか。

 大きな天蓋てんがいのベッドとソファ。

 テーブルの上には贅を尽くした高級な菓子たちと、一部の女性たちの中でこっそりと媚薬ともてはやされているチョコレートが陳列されている。

 部屋の色合いも、他の部屋と違って、基本の色ベースは同じなのだが、なんといっていいか、独特な、いかがわしい雰囲気がする。

 ソファにゆったりと腰かけた妹のとなりで恋人のようにその肩に手をのせてふんぞり返っているのは、私の記憶が確かなら三番目の兄様のヘンリーだ。

 兄弟の中でも、一番美しく、母がお気に入りの秘蔵っ子でもある。

「クローディも飲まない?」

 どことなく色っぽい妹が私に流し目をした。

 アルコール臭をぷんぷんと漂わせる二人は、尋常じゃない。

 普通の兄妹は、口移しでお酒の飲ませ合いなどするのだろうか。

 いや、しない。

 普通の兄妹は、あのような深い口づけをするのだろうか。

 いや、しない。

 めまいを覚えたが、それと同時に腹立たしさも生まれる。

「マリー、貴方、何をしているの?」

「何って?見てのとおり、兄さん達にお祝いをしてもらっているのよ」

 鼻白んだ目で妹が私を見る。

「マリー、一週間後にはサーラの王子が来て式を挙げるのよ?」

「それがどうしたっていうの?」

「節度をわきまえた方が良いと言ってるの」

バシン!

 マリーをたしなめる言葉を口にすると、私は兄に頬を打たれた。

「お前、何を生意気な口をきいているんだ?」

 強く打たれすぎたのか、ぼたりと鼻血が垂れる。立ち上がろうと上を向くと、豪奢なシャンデリアが煌めいていた。相変わらず、私の兄弟は自分より弱いものに簡単に暴力をふるう。華麗な王宮の輝きに比べ、そこに住まうも兄弟の醜さよ。

 何を考えたのか、兄が私の上にのしかかってきた。このまま殴り続けるつもりだろうか。

「良いのかしら、兄様。私、この後叔父上にお会いするの」

 と言うと、いまいましげいヘンリーは舌打ちをした。

「はっ!小賢しい知恵だけが回る女だ」

「あら、もうやめるの?つまらないわ

 つまらないわ、クローディ」

 ふふふっと、私を見るマリーに背筋がゾッとする。

 元からマリーは傲慢ではあった。けれど、かつてあった夢見るようなあどけない瞳の輝きはそこにはなく、全てを呪い、幸福を諦めた貧者のような濁った眼がそこにあった。

「何があったの?」

 私の声は震えていたかもしれない。

 けれど、マリーはその陰惨な瞳そのままで私に応えた。

「何も、何もないのよ。クローデイ

 だから、素敵なことが起こってしまうのよ」

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うちの家族(王家)がすみません そらみや @soramiya

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