2.妹と私

 古くからこの国には慣例がある。

 不吉の双子は、片割れが表舞台に立つのであれば、もう片方は静かに幽閉された隠遁生活を送らなければならない。そうでなければ国は乱れ、災いが次々と起こるだろう……と。

 だから、裏とされてしまった私が非公式とは言え王宮に来ることが出来るのも、郊外とは言え普通の暮らしが出来るのも母と叔父の恩情だ。


 私とマリーは双子と言えど、あまり似ていない。

 マリーの髪の色は黄金色、瞳は海のように輝く蒼、対して私といえば、くすんだ黒髪に、陰鬱いんうつな緑の瞳。外見に比例して中身も華やかで明るいマリーと地味でもっさりとした私とでは雲泥うんでいの差がある。

 ならば、せめて頭脳だけでも勝ちおおせてみたかったものの、王宮随一おうきゅうずいいちの家庭教師が惚れ込んでしまったほどのマリーの頭脳と私の頭脳では比較になるはずもなかった。

 ああ、辛い。同じ腹から生まれたとは言え、表と裏ではこんなにも差が出てしまうものか。

 私の取柄と言えば頑健がんけんな体ぐらいだろうか。

 出来の良い妹を持つと、肩身が狭い。

 そして、そんな劣等感まみれの私と妹は、当然ながら離れて暮らしていることもあり、仲良くはない。仲良くないというか、仲良くなりようがなかった。

 そもそも、妹と私は、互いの存在を知ってはいたが、別々に育てられていた。4年前の時に私がようやく母方の一族の名を継ぐことが出来、身分というものが出来た時に顔合わせをした。

 父親というものに対しては希望も何も持ち合わせていなかったが、初めて会う妹というものに対しては、それなりに期待をしていたのである。

 母が用意してくれたお気に入りの濃紺のドレスを着て、胸元には神官長の叔父がくれた金剛石のブローチを。袖には、妹のために作った小さなマリーゴールドの押し花をそっと忍ばせていた。

 慣れない王宮。

 磨き上げられ、金で縁取られた家具は、モノトーンで統一されている屋敷とは違い華々しい色彩で目がチカチカした。

 そんな鮮やかな王宮に相応しい、赤いドレスを着た綺麗な女の子は、私を指さして首を傾げたのだ。

「あなたは、どうしてそんなやぼったい服装で、つまらない顔をしているの?」

と。

 マリーの言葉に、宮廷中は笑いさざめき、母と私はいたたまれない思いをしたのは言うまでもない。その上、『野暮ったい、つまらない娘』という言葉が私のイメージとなり、あげくに胸のブローチは、兄たちに愛らしいマリーにこそ相応しいと言われ、取り上げられてしまった。

 それでも、兄たちにあれほど大事にされている娘でも、兄たちの機嫌をそこねればこのような目に合うのだ。

 あれから一週間、顔の腫れは引き、マリーの顔に残された痣も大分薄くなってきた。

「ズー家のアンリから連絡はないの?」

 塗り薬の瓶の蓋をあけ、妹の頬の痣に沿って撫でるように塗ると、マリーはくすぐったそうに首をすくめた。

「何の連絡もないわ」

「そう」

 居心地悪く私が俯くと、妹はくすくす笑う。

「いいのよ。気を使わなくたって。

 侍女が耳打ちしてくれたわ。ズー家のアンリは婚約者が決まって結婚するそうよ」

「……そう」

「馬鹿みたい。私、馬鹿みたいでしょう?」

 こういう時、どのような言葉を言えばよいのか。

 私の乳母だったら

『大丈夫ですよ!男は星の数ほどいますから、次!次!次を探しましょう』

と、言うのだろうが、これは何か違う気もする。

 この国の教えでは、花嫁には処女性が求められる。

 王女といえど、大騒ぎをしてしまった兄達の浅はかさのせいで彼女の醜聞スキャンダルは公にされてしまった。さらに後見人たるアンヌが攻められるのではなく、娘の教育が行き届かないという理由で母は3か月間謹慎となった。

「だからね、私、我慢するわ。

 大人しくお父様の決めた相手と結婚するわ」

 そういえば、結婚は今回のことで、しばらく棚上げとなっていた。

 醜聞と、それまでマリーが結婚に乗り気でなかったこともあり、母の一族(神官)の養女に私がなったため、マリーの代わりに結婚するという話も出ていた。しかし、妹が結婚する意志を持っているとなれば、私の出る幕はないだろう。

 結婚や宮廷の生活というものに私なりに憧れてもいたが、マリーが結婚するのであれば私は不要だろう。そうだ。父や兄たちのような恐ろしい男たちがいる王宮に居たいとも思わないのだから、これで良い。

 妹への嫉妬を、少しばかりの罪悪感で相殺して私は微笑んだ。

「サーラ王国の王子。彼とあなたが結婚することで、この国は大きくなるわね」

「そうね、クローディ。私はそんなことどうだって良いわ。どうだっていいけど、彼と結婚しようと思うわ」 

 いつになく真剣な妹の様子に、私は少々面食らった。

 花のように愛くるしい、誰からも愛される妹も今回の件で考えることがあったのかもしれない。

「どうだって良いけど、結婚するの?」

「そう、結婚するの」

 唇を噛んだ妹は何かを決心したようだった。

 王家の人間として自覚が出来たということだろうか。

 喜ばしいことだが、得体の知れない不安があった。


 この時、私は幼く、妹も幼く、互いに互いのことを思いやる気持ちや伝え合うすべなど持ち合わせていなかった。

 だから、妹の青く透き通った瞳が、暗い色に沈んでいることなんて、少しも気が付かなかった。

 

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