1、クズの名は……
白いレースで彩られ、高価なガラス窓から麗らかな日差しが注いでいる。
窓べりに活けられた赤のダリアの花、添えられた白いマーガレット、ガラス越しの新緑の若葉たちの緑。
耳を澄ませば王城の庭で飼われている小鳥たちの囀りも聞こえてきそうだ。
……しかし、そんな風景に反し、私の妹、マリーはボロボロの姿で、兄たちに見下ろされていた。
当然だが、こんな有様の王女を表に出すわけにもいかず、『マリーの体調不良』で誕生を祝う宴は中止。
体調不良、間違ってはいない。間違ってはいないが……。
いつもなら艶めいた光を放つ金の髪が、ぼさぼさに乱され、頬には
真っ赤に晴れ上がった頬を抑えながらも潤んだ瞳は美しく、王家の白百合と例えられた美貌の名残を残している。
「マリー!?兄達が寄ってたかってなんてこと」
母がかけより、侍女を呼ぶ。
兄達も、私たちが来るまで思う存分いたぶって気が済んだのか、疲れたのか、どっかりと部屋のソファに腰を下ろした。
「もう気がすんだのではないですか。そのあと、母上とお話されてはどうでしょう」
血の気の失せた顔で頷いたのは、ほっそりとした第一王子のフラン兄上。美貌の王子の中でも存在感が薄く、年中咳き込んで寝付いている印象だったので、この場にいることは少々以外だった。中肉中背。第二王子のシャルは、その隣で腕を組んで妹を睨んでいる。三人の兄の中でも一番マリーを可愛がっていた王子なのに、妹の酷い有様に寄り添いもしない。そして、宮廷の貴婦人に甘やかされいつもしまりの無い顔をしている第三王子のヘンリーは、いつになく目を獣のようにギラギラさせている。手の付けれない子どもが
「こんなアバズレが妹だとは!気に入らない!
もっと打ち据えなければ」
『ドレスをひん剥いて兵士たちの見世物にでもしてやりたい』
と、恐ろしいことまで言い出す。
「それはいくらなんでも」
「お前も妹とはいえ、
口を挟む私に、シャル兄様が冷たい目を向ける。
「もう十分でしょう、何があったかは大体は聞いていますが、どうするかは王太子の部屋で話しましょう。クローディ、マリーをお願いね」
母が手招くと、兄たちはぞろぞろと大人しく部屋を出た。
マリーは、侍女たちに傷の手当てと身づくろいをされているが、ふてくされたように俯いたままだ。
そして、侍女たちがいなくなると、国の至宝とまで言われる青みがかった紫の瞳を瞬かせて涙を流した。
「こんなことになるなんて……」
うっ、うっ、と泣く妹の姿は美しい。
さらりと肩に降りた髪は柔らかで、同じ双子でも、私の髪は黒っぽい上にごわごわしており格の違いを見せつけられている気分である。
まあ、そんなことはともかく。
「他国の王子との結婚を控えている身で、他の男に恋文を出すのはよくないんじゃない?」
宮中では恋の鞘当てを面白がる傾向もあるけれど、未婚の娘がそれをするのはよろしくないとされている。結婚後ならいいという風潮もどうかとは思うが、いくらなんでも、手紙一通でここまでするのはやりすぎだが。
「え?」
と、キョトンとした妹は、恥ずかしそうにマリーの袖を引いて耳打ちした。
「は?恋人に処女を捧げた?そのやり取りをした手紙が見つかって兄様たちに殴られた?」
「しっ!声が大きいわ!姉さま」
しっ!
ではない。
結婚まで清らかな関係でいなければならないのは大陸全土に広がる星教の戒律の一つだ。他国の王子にどの面下げて謝ればいいのか。
事と次第によっては賠償問題に
「しかも相手は、ズー家ですって!?」
よりによって、母の一族と対立している、アンヌの支援一族のズー家ではないか。
アンヌが後見人とはいえ、知らぬマリーではないだろう。
「だって、彼、私のことを好きだと言ってくれたんですもの。
結婚して、ズー家とお母様の一族との架け橋になれたらいいねって話し合ってたの」
頭を抱える。
確かに、婚姻関係を結ぶことで不仲の一族は仲良くなることはある。
だが、それは双方の一族の長が話し合った結果の成果であり、筋を通した結果である。
まあ、一番の問題は他の結婚相手がいる状態での婚前交渉なのであるが……。
ふと、マリーの本棚をみると、当世流行りの恋愛本の一冊が見えた。
『モンタナ家とキューピー家』
という対立する二つ一族の長の娘と息子が駆け落ちして、両家の仲が修復するというめでたし、めでたしの物語である。
表紙がくたくたになっているところを見ると、かなり読み込んでいるようだ。
しかし、物語は、物語、現実は、現実。
妹は、家庭教師にももてはやされた秀才で、6ヶ国語をマスターし、芸術にも明るい。馬鹿ではないはずなのだが、馬鹿ではないはずなのだが……
私は、暗い気持ちになりながら、妹に純潔を奪った相手の名を訪ねた。
「ズー家のアンリよ」
「ズー家のアンリ、ね」
アンリという名を答える時に、殴られた個所ではない頬をぽっと赤く染めた妹が悲しい。
今回の妹が
そうでなくとも、事が事だけに、妹が家族に攻められ辛い目に合うのはちょっと考えれば誰でもわかることだが、母をはじめ兄たちにも何か言ってきた気配はない。
そんな薄情な男の名前を噛み締めて、幸せそうにマリーは笑う。
「マリー」
私が泣くと、マリーは不思議そうに首をかしげた。
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