うちの家族(王家)がすみません
そらみや
序
もし、私に初恋というものがあるとしたら記憶の底にある少年の顔が思い浮かぶ。
エスパニャの国境沿いから来たというハシバミ色の瞳の少年。
快活な少年にふさわしいよく日に焼けた肌、くるくるとした短い赤い髪は触ったらふわふわしていた。
人懐っこい彼は、引きこもり勝ちな私を見つけては、外へ連れ出してくれるのが日課だった。
「クローディ!ほらほら!この木の上は、すっごくながめが良いんだ!」
猿のようにするすると木登りする少年を羨ましく思いながら、私は首を振った。
「無理よ、私には登れないわ」
「仕方ないなぁ」
そう言うと、少年は私に手を差し出した。
「手伝ってあげる」
結局私は、木に登ることはかなわなかったけれど、少年の差し出した手の暖かさは、今でも覚えている。
14歳の誕生日。
私は、黒い服に身を包んだ母親と二人でひっそりとケーキを食べていた。
新鮮なバター、春イチゴをふんだんに使った上等なケーキだ。
朝の汲みたてのミルクには貴重品のココアが混ぜられていて、ひっそりとはしていたが個人的には満足な誕生日である。
「本来ならば、お前は王女として盛大な宴で祝われたというのに、ごめんなさいね」
悲しげに謝る母親を励ますように私は笑った。
「気にしないで、ママ」
「クローディ・・・・あなたはなんて良い子なの」
ヒシッ!と、抱きしめられて頬ずりされるのは、もうこの歳になると
私はにっこり笑って我慢した。
「クローディ、不憫なクローディ。いつか一緒に御城に戻りましょうね」
「うん、ママ」
しかし、むしろ私は母に聞きたい。
『この国の正妃なのに、王宮で開かれる王女の誕生祭に出なくていいんですか?
むしろ、御城に戻るべきなのは
都から離れた郊外の小さな別荘で、私と妹はこっそり産み落とされたという。
私の住まう国では、双子は
口の軽い乳母によると母の腹のふくらみが大きすぎるため、畜生腹であろうと案じた父親(国王)は、「すでに息子は3人生まれている」と母子ともに命の危険にさらされる堕胎の薬を渡してきたというからたいしたものだ。
そう、この父の行動からも分かるように、父と母の夫婦仲はよろしくない。
よろしくない上、母は宮廷から締め出されている状態だ。メーデ侯爵家の娘、現神官長の姪として嫁いできた母は、馬鹿ではないが、気の弱い女なのである。それを良いことに、父親の愛人のアンヌが宮廷で我が物顔でふるまっている。あまつさえ、母から私の兄達や妹を取り上げ、後見人として君臨しているのだから母の身の置き所の無さは察して余りある。
父もアンヌの何がいいのか。
元侍女、年の差20。
父が7歳くらいのころからの付き合いだそうで・・・想像するだに気持ち悪い。
乳母によると童貞だった父親の初めての相手がアンヌだったとかそうで(そりゃそうだろう。7歳で経験済みだったら怖い)、
「どうしましょう、私も王子たちに見初められたら!?狙う価値はありますよね!」
と、たっぷり化粧をした乳母にウィンクされた時は、飲んでいたミルクを吐いた。屋敷の男たちには、大きな胸と尻がたまらないと評されている乳母であるが、私には何がいいのか分からない。
「狙うなら、1番目のフラン王子は既に婚約者がいますし、2番目のシャル王子は女嫌い。3番目の見目麗しいヘンリー王子ですかね!?もう一夜だけでもいい気がするので可愛がっていただきたいわ!」
乳母よ。貴方が悪い人間でないのは知っているが、齢38にしては、少々おつむが軽すぎないか。性に奔放と言われる新しい教えがのさばりだした影響か、生粋の神官一族の母が聞いたら卒倒しそうなことを、平気で言う乳母なのである。
たまに下世話なことではなく、普通の話をする同世代の友人が欲しいとも思わなくもない。空がきれいだとか、家庭教師の話は退屈だとか・・・。
そこで目をつけたのは、母親付きのメイド長の娘である同年代の賢そうなエイミーだったが、このメイド長は、アンヌの妹だそうで、早々にあきらめていた。
「早くお城で妹のマリーとお祝いできるようになれれば良いと思うのだけど・・・」
毎度毎度の母の話を適度に相づちを打ちながら聞き流し、ケーキを口に頬張っていると馬の嘶きが屋敷の奥から聞こえてきた。
質素ではあるが母好みの落ち着いたカントリーハウスに、荒々しい靴音が響く。
「王妃様!城の王女様に大変なことが!!」
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